硝子をめぐる冒険
第15回「透過電子顕微鏡で見る鉱物の終端構造」
東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻 助教授
透過電子顕微鏡 (Transmission Electron Microscope : 以下TEMと略記) は今日、物質中の微細構造を解析するために無くてはならない評価装置であるが、TEMの様々な機能の中でも原子配列を蛍光板上に直接写し出す高分解能観察は単に学術的な成果だけでなく、時には芸術的あるいは神秘的とも言える興奮を見る者に与えてきた。無機結晶の試料をTEMで高分解能観察する目的は、結晶内の周期的な構造(結晶構造)と、そこに何らかの原因で存在する非周期的な構造(広い意味での欠陥と言ってもよい)を調べることにある。前者の目的では1980年代後半における酸化物高温超伝導体の研究で、TEMの高分解能観察が結晶構造の決定に活躍したことが良い例であろう。しかしながらわれわれがデバイス等に用いる多くの物質あるいは筆者の研究対象である鉱物の結晶構造は概して既知であり、今日高分解能観察の目的はそのほとんどが後者と言ってよい。そして結晶の非周期的な構造の中で最も普遍的なものは、結晶が有限の大きさを持つが故に存在する表面あるいは多結晶性試料の界面である。最近研究が盛んな低温プロセスやナノ材料等では、表面や界面が今まで以上に重要な役割を演じるため、少なくとも基礎科学の分野では表面・界面の研究の多さは、いわゆるバルク (bulk) の研究を凌いでいると言ってよい。表面における原子配列の解析にはトンネル顕微鏡に代表される走査プローブ顕微鏡がまず思い浮かぶかも知れない。確かにこの装置の発明によって物質の表面構造の研究が大きく進展したことは間違いないが、TEMの高分解能観察もこの目的のための非常に有効な手法であることをここでは述べたい。
高分解能TEMによる結晶表面の観察では、一般に電子線を表面に平行に入射させ、表面の原子配列を観察する。このような像はD. J. Smithらによって表面プロファイル (surface profile) 像と呼ばれたが、これにより例えば金結晶表面の結晶内部とは異なった特異な原子配列(超構造)などが観察されている1)。筆者は地球科学の分野で、鉱物あるいはそれに関連する物質を主にTEMを使って研究しており、その中で鉱物の表面構造に深い関心を持っている。鉱物の中には一般的な金属や半導体結晶に比べは結晶構造が複雑な(単位胞が大きい)ものがいろいろと存在する。そしてこれらの鉱物の表面・界面では、表面に特異な超構造(もちろんそれも重要であるが)よりも、まず原子配列が単位胞内のどの部分で終端しているかを高分解能観察により明らかにしたいと考えている。その結果は例えば鉱物の結晶成長や溶解のメカニズムの解明、鉱物のモルフォロジー、鉱物とその環境(溶液、生体高分子など)との相互作用の研究に関して貴重な情報となる筈である。特に今後ますます盛んになるであろう計算機科学においても、それが原子レベルの挙動をモデリングするために、実験から表面の原子配列の情報を提供することは重要である。しかしながら実際の高分解能観察では、多くの鉱物が電子線損傷に弱い上に表面あるいは界面はエネルギー的にも不安定なために、表面近傍はその観察中に容易に損傷を受けてしまい、その成功例は多くない。ここではそのような成果のうちの2例を紹介したい。
図1.雲母の結晶構造とその高分解能TEM像。上の像は結晶構造に対応したシミュレーション像。下の像は実際に観察された像。下の矢印で示した部分で劈開が起こる。 |
最初に紹介するのは、雲母の劈開面の表面プロファイル像である2)。雲母は層状珪酸塩と呼ばれる物質の一種であり、地殻上では最も一般的な鉱物のひとつである。また産業的にも化粧品や塗装材料などの用途で人工的に大量に合成、利用されている。雲母は層状の結晶構造を持ち、その構造に起因して板状の結晶外形や完全な劈開性を有している。この劈開が雲母の結晶構造のどこで起きるかは結晶化学的に予測がつき、図1のように結合の弱い2:1層の層間と考えられている。ところでこの層間にはカリウム (K)、ナトリウム (Na) といったアルカリ金属等が存在するが、この位置で劈開を起こした場合にこのアルカリ金属が劈開面上でどのように分布しているのかは未だに明らかにされていない。図2は雲母の一種の黒雲母 (biotite) 中に発生した微小な劈開部分の高分解能像である。図1に示した高分解能像のシミュレーション結果との対応から、劈開は予測通り層間で起きていることは明らかであるが、興味深いことに層間に存在したカリウムイオンに対応する(白い)コントラストは、劈開部分の右側のみに観察されている。これより雲母の結晶が劈開を起こした場合、層間に存在したカリウムの分布は両側の劈開面で異なるという可能性が示唆される。雲母の結晶構造だけを見ている限り、層間の両側の構造は対称的である。しかしながら雲母の結晶成長を考えると、層成長をするであろう雲母の隣り合う層の間には先後の関係がある。図2に観察された劈開面の非対称性は、このような結晶成長に起因する層電荷の分布の違いを示している可能性が考えられる。
図2.微小な劈開部分の高分解能TEM像
劈開の左右ではコントラストが若干異なる(明るいコントラストが右側だけに現れている)。
次に水酸アパタイトの電子線損傷で観察されるその終端構造について述べたい3)。水酸アパタイト (hydroxyapatite, Ca5(PO4)3OH) は高等生物の骨や歯に含まれる、いわゆる生体鉱物 (biominerals) の代表例としてよく知られている。水酸アパタイトは医学・歯学の分野でも長い研究の歴史を持つとともに、インプラント用の生体セラミックスとしてもよく用いられる材料である。この水酸アパタイトの焼結体をc軸方向から長時間電子顕微鏡内で観察し続けると、電子線損傷により図3のように6角形の非晶質化した部分が形成される。
図3.電子線損傷を受けた水酸アパタイトの高分解能TEM像(c軸方向からの観察)
この非晶質部分と残った結晶との界面(図中の白い矢印)は {100} という結晶面となるが、この界面を高分解能TEM像から解析した結果を図4に示す。界面での水酸アパタイトのコントラストは、図4のように水酸基 (OH) の存在するカラムで終わっていると仮定した終端構造でよく説明できる。これはあくまでも電子線損傷という人工的な界面であるが、図4の結果は水酸アパタイトの {100} 表面の安定な構造を示している可能性が高い。実際骨などの水酸アパタイトでは {100} 面が非常に発達しており、そのモルフォロジーもこのような表面構造を持っているのかも知れない。
図4.電子線損傷を受けた水酸アパタイトの結晶/非晶質界面の (a) 高分解能TEM像と
(b) そのシミュレーション像。(c) シミュレーションに用いた界面の原子配列。
以上筆者の日頃の研究から、鉱物の表面構造の観察例を述べた。今後もさらなる高分解能化を含む装置の高性能化により、TEMによる表面構造の観察は多くの成果をもたらすであろうし、またそのために努力を続けていきたいと思っている。
参考文献
1) L. D. Marks and D. J. Smith, Surface Sci., 143, 495-508 (1984).
2) T. Kogure, Mineral. J., 19, 155-164 (1997).
3)
K. Sato, T. Kogure, H. Iwai and J. Tanaka, J. Am. Ceram. Soc., in press (2001).
※NTR News第17号 (2001年12月1日発行) に掲載

