硝子をめぐる冒険

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硝子をめぐる冒険

第16回「超高出力レーザーを支える光学素子技術」

實野 孝久 氏

大阪大学レーザー核融合研究センター 助教授

大阪大学レーザー核融合研究センターでは非常に大型のガラスレーザー(出力エネルギー30kJ、パルス幅1〜10ns)と、最近建設された追加熱用ペタワット(PW:1015W)レーザー(500J、0.5 ps)を用いて、慣性核融合実験を行っています。慣性核融合とは重水素、3重水素燃料を含んだペレットターゲットに周囲から強力なレーザー光を照射し、ペレット表面で発生するプラズマが高速で外側に噴出する反作用で燃料を高温・高密度に圧縮し、核融合反応を起こす研究です。現在、誘致問題が議論されているITER(国際熱核融合実験炉)が強力な磁場でプラズマを連続的に閉じ込めるのに対し、レーザー核融合ではナノ秒のオーダーでパルス的に圧縮されるペレットにプラズマを一時的に閉じ込め、高温・高密度状態を実現します。そのために使われるレーザーは、一般的な用途に使われるレーザー装置の1000〜10万倍の出力エネルギーを発生させる必要があるため、超大型のレーザー装置が用いられます(図1に阪大レーザー研の激光XII号ガラスレーザー装置の写真を示す)。

fig1

図1

このような核融合用レーザーには、レーザー光を増幅する媒体に特殊なガラス(リン酸ガラス)が使われているほか、BK-7などの光学ガラスや石英ガラスなどを用いた光学素子(レンズ、反射鏡、窓板、偏光子など)が多数使用されています。これらのレーザー装置の内部では、非常に強力なレーザー光が発生・透過していくため、個々の光学素子がレーザー光によって損傷しないようにしなければなりません。レーザー損傷とは、強力なレーザー光が光学素子の表面や内部を通過する時に、レーザー光の強力な電界(レーザー光は電磁波なので、電磁界を伴います)によって素子を構成する物質が破壊される現象で、短いパルスレーザーの場合には主にプラズマの発生によって引き起こされます。このレーザー損傷は一度発生してしまうと、その後のショットでどんどん成長し、すぐに素子が使えなくなります。このため、レーザー装置はこのレーザー損傷を避けるために、40 cmから1mに及ぶような大きなビーム径を使用し、かつ12〜200本という多数のビームを使用することで大きな出力エネルギーを得ています。従って、レーザー装置の建設には巨額の費用が必要とされており、核融合研究推進上の大きな困難となっています。もし、レーザー損傷に対する耐力を何倍かに上げることができれば、大幅なコスト低減と装置の小型化が実現されるため、これまでにも数多くの研究が行われて来ており、初期に比べると格段に耐力は向上してきましたが、まだ十分なレベルには達していません。

レーザー核融合研究センターでは、これまでもレーザー損傷についての研究を行い、現在の装置を安定に使うことができる技術を生み出してきました。しかし、レーザー装置の性能向上を行うためにはこの損傷耐力の改善が不可欠です。特に問題と考えられていたのは、石英などの透明誘電体基板にレーザー光を当てた場合、基板表面での損傷がレーザー光を基板内部に集光した時に生じる内部損傷に比べて1/3程度であったことです。通常の石英ガラス(溶融石英)ではガラスレーザーの基本波(ω:波長1.05μm)のレーザー光を用いる場合、基板内部での損傷は約25J/cm2(パルス幅1ns)であるのに対し、表面に照射した場合には13J/cm2、レーザー光の波長を基本波の3倍高調波(3ω:波長0.35μm)にした場合には内部が20J/cm2に対して表面が7J/cm2となり、いずれの波長の場合にも1/2から1/3の値となっていました。このため、光学素子の耐力は表面で決められており、素材の持つ限界までは至っていませんでした。この現象の理由は基板を研磨する時に使用する研磨剤が基板表面に残留しており、この研磨剤が照射されたレーザー光を受けて吸収し、局所的に高温になってプラズマを発生させるためと推定されています。従って、従来より基板表面に残留する研磨剤を除去するために、化学的なエッチングやイオンビームを用いた基板表面のエッチング、レーザー光に吸収を持たない研磨剤の選択や強度の強いレーザー光を用いた予備照射(レーザーアニーリング)が行われて来ました。化学的なエッチングとしてはフッ化水素 (HF) により基板表面を0.1μm程度除去すると損傷耐力が2倍程度に向上することがすでに報告されています。しかし、HFによるエッチングは基板表面の表面粗さを劣化させるため、損傷耐力の向上と表面粗さの劣化のバランスを取る微妙な処理が必要がであり、結局実用化されていません。また、イオンビームによる処理も、基板を真空チェンバー内で処理しなければならず、大型光学素子に適用するには困難が伴っていました。研磨に使用する研磨剤をレーザー光に吸収を持っている酸化セリウム (CeO2) から他の材料に変更する試みも行われていますが、酸化セリウムの優れた研磨特性を使えなくなるため、一部の例を除いて実用化されていません。一方、強いレーザー光を用いるレーザーアニーリングでは損傷閾値の8割以上の強度で照射しないと効果を発揮できないため、特殊な装置と慎重な処理が必要であるのでこれもあまり普及していません。従って、上に述べた方法はいずれも効果はあるものの、実用に持ち込むためには問題があり、広く使われるには至っていませんでした。

我々は以前から、何とかこの表面損傷の耐力を簡単な方法で基板内部の値まで引き上げたいと願っており、低強度のパルスCO2レーザーを基板表面に照射して表面温度を瞬間的に上げ、そこに不純物に吸収を持つ波長(具体的にはYAGレーザーの3倍高調波:波長0.35μm)を低い強度で照射して、従来の高強度レーザーアニーリングと同等の効果を上げてきました。しかし、2台のレーザーを同時に使用する必要があることと、その効果が基板内部に比べてまだ低い事から、さらなる改善を目指して検討を行っていました。その過程では各種の分析に日本板硝子テクノリサーチ株式会社の協力を得ながら酸化セリウムの残留量の分析を行ってきました。

酸化セリウムはYAGレーザーの3倍高調波に吸収を持ち、基本的には基板の表面の細かい傷の中に埋没して存在しています。そこで酸化セリウムが強酸に溶解するという性質から温度を上げた硫酸で処理した結果、酸化セリウムは検出されず、この基板表面の損傷耐力を測定したところ、内部損傷と同等の高い値(20J/cm2以上、0.35μm、1ns)が得られました(図2参照)。

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図2.石英基板の表面損傷耐力とその上に形成した反射防止膜の耐力の化学処理による改善
使用波長は0.35 μm、図中にBulkと示した領域は石英の内部損傷閾値

この方法では基板は熱硫酸には侵されず、表面粗さも処理によって全く変化しないことから、処理時間も厳密な管理は全く必要ないため、簡単な処理を行うことが出来ます。この基板に従来から開発されているディップ法による反射防止膜を作成したところ、これも従来の3倍近い耐力の向上を得ました。この方法では3倍高調波に対しては十分な効果を発揮したのですが、基本波である1.06μmの波長では効果が小さく、30%程度の向上に止まっています。これは酸化セリウムが基本波には吸収を持たないために、基本波の耐力は別の要因で決められているのではないかと考えられます。現在この要因を確定するために各種の試みを行っています。

これまでに、レーザー損傷に関わる者が最終願望としてきた表面損傷耐力を基板内部の値にまで向上させることが、少なくとも3倍高調波については実現しました。この次は基本波やその他の波長についても損傷機構を明らかにし、同様に内部損傷と同等のレベルまで引き上げたいと考えています。我々のガラスをめぐる冒険はまだ始まったばかりです。

NTR News第18号 (2002年4月10日発行) に掲載

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