硝子をめぐる冒険
第17回「ガラスの表面改質」
東京理科大学工学部 教授
ガラスは、多くの分野で古くから使用されているが、“こんなところにも?”と思われるところにガラスが使われている。ビルの屋上などで見かけるエアコンの室外機を覆っている黄色いプラスチックス(GFRP:ガラス繊維強化プラスチックス)もその例である。さらに、歯が虫歯になると悪くなった部分を取り除き、詰め物を入れるがそこにも使われている。昔はアマルガムを入れたが、口を開けたときに黒く見え審美性に劣るので、最近は人歯に近い色合いの歯科用コンポジットレジンが使われる。歯科用コンポジットレジンは、たとえばグリシジルメタクリレート系の有機モノマーと粉のガラスであるシリカなどの充填物(フィラー)からなり、治療時に光照射により重合固化させるものである。有機モノマーが重合するとほとんど例外なく体積収縮が起こる。これはモノマー間の弱い結合(ファンデルワールス力)が、重合により結合力の大きい共有結合に変わるためである。コンポジットレジンで用いるシリカ・フィラーはこの収縮を抑える役目とレジン(樹脂)の力学的強度を向上させるために使われており、樹脂中にかなりの割合で含有されている。
しかし、有機物とガラスのような無機物は馴染みが悪く、有機物中に無機物を混ぜると樹脂中に均一に分散せず無機物が凝集し、樹脂の強度は低下する。そこで無機物の表面に有機物を結合させ、無機物を有機物であるかのように振舞わせ、無機物と有機物との馴染みを良くすることが行われている。このような無機物と有機物を結合させるプライマーの役目をもつ化合物にカップリング剤があり、チタン系、クロム系やシラン系などがある。ガラスの表面改質ではシラン系が主流であり、歯科領域では3-MPS (3-methacryloxypropyltrimethoxysilane) が用いられている。この化合物は無機物表面の水酸基と反応する部分と有機物側に鎖を伸ばし、末端に二重結合を有する基からなる。ガラスフィラーに結合して表面を有機化し、フィラーを有機媒体中で分散させ、なおかつ有機モノマーとの重合による結合能力も持ち合わせている。3-MPSはフィラー表面とシロキサン (Si-O-Si) 結合で結合しているが、この結合は水と徐々に反応(加水分解)し、結合を切断する。とくに口腔内は常にぬれているだけでなく、摂食時の咬合圧、熱いものや冷たいものを食べることによる温度変化(有機樹脂とガラスでは膨張率が異なる)、さらにはブラキシズム(歯ぎしり)もあり、このような複合材料にとって極めて過酷な状況下にある。
そこで耐水性の高いシランカップリング剤があれば、加水分解を抑えることが可能になると考えられる。筆者は種々のフッ素系シランカップリング剤を合成し、ガラスの表面改質を行ってきた。フッ素系シランカップリングによる改質ガラス表面は撥水・撥油性を示し、しかも熱濃硝酸に2時間浸漬しても改質表面への影響はごく僅かであることがわかり、この高い防汚性と耐酸性を生かした歯科関連材料開発への応用を試みた。
はじめに、フッ素系シランカップリング剤、CF3(CF2)9CH2CH2Si(OCH3)3 (10F)、による入れ歯表面の改質について示す。人工歯のコンポジットレジンもシリカがフィラーとして使われ、研磨により表面にシリカが現れている。10Fを溶媒に溶かし、ヘビースモーカーの入れ歯にハケ塗りした。表面での反応を十分に進行させた後、口腔内に装着した。処理部分と未処理部分の4ヵ月後の汚れ具合を比較したものが図1である。
![]() 図1.ヘビースモーカーの義歯を用い、4ヶ月間の 口腔内装着試験により汚濁抑制効果を調べた写真である。左右の入れ歯は同じものでカメラアングルが異なる。フッ素系シランカップリング剤で処理した右下顎(写真右側)の4本の臼歯は、未処理の左下顎(写真左側)の4本の臼歯と比べて明らかに汚れが付かず、効果の長期持続性が確かめられた。 |
処理した歯は4ヶ月後もほとんど汚れが付いていない。フッ素系シランカップリング剤で改質された表面は無色の極めて薄い被膜に覆われるため、あたかもテフロン加工のフライパンのように汚れや歯垢菌が付着しない。板ガラスやコンポジットレジンの表面を改質し、歯垢菌付着実験をした結果は、明らかに改質表面の付着菌が少なく(図2)、優れたプラークコントロール効果を示している。
図2.37℃で24時間の培養により歯垢菌を付着させた試料を超音波洗浄したSEM写真である。フッ素系シランカップリング剤で改質したガラス、コンポジットレジンはPTFE(テフロン)より歯垢の付着が少ない。未改質表面はどちらも歯垢菌が多量に付着している。 |
![]() PTFE |
![]() 未処理ガラス |
![]() 処理ガラス |
![]() 未処理コンポジットレジン |
![]() 処理コンポジットレジン |
さて、3-MPSで表面改質されたシリカは、現在、歯科領域で多用されているが、上述のようにコンポジットレジンは加水分解を受けて経時的に劣化し、その部分からの新しい虫歯の発生(二次齲蝕(うしょく))が問題になっている。筆者はフィラーと改質界面の加水分解を抑制するために3-MPSに疎水性の強いフッ素系シランカップリング剤を混合し、Si-O-Si結合層への水の浸入抑制を試みた。
ガラス表面の汚れを除去し、フッ化炭素鎖長の短いCF3(CF2)3CH2CH2Si(OCH3)3 (4F) と3-MPSを種々の割合で含むエタノール溶液を調製し、板ガラス表面に塗布、約5分間室温下で放置した室温群 (23±1℃) と、室温放置後、120℃、3分間加熱した加熱群に分けた。レジンの接着面積を規定するために直径5mmの穴の開いたシールを貼り、ステンレス製接着子(直径5mm、高さ10mm)のメッシュ面(接着面)に、歯科用コンポジットレジン(クリアフィルFII:クラレ)を盛り接着した。室温群と加熱群を用いて接着した試験片を30分間室温下で放置後、37℃水中に7、180、360および720日間保管した群、37℃水中に1日保管した後、4℃と60℃の水槽に各40秒間の浸漬を1サイクルとしたサーマルストレスを10,000回与えた群の計10群に分けた。
3-MPSに対してフッ素系シランカップリング剤を20%含むもので改質した場合の水中保管およびサーマルストレス後の引張接着強度の測定結果を図3に示す。
図3.シランカップリング剤処理された板ガラスに接着したコンポジットレジンの引張強度
3-MPS室温群の接着強度は、水中保管7日後で9.3MPaを示したが、水中保管時間の経過にともない減少した。また、サーマルストレス後では0.9MPaと大幅に低下した。3-MPS加熱群は、水中保管時間の経過にともない低下し、720日では8MPaに下がった。
一方、4F/3-MPSでは、室温群および加熱群ともに水中保管およびサーマルストレス後の低下は認められず、とくに、加熱群の接着強度は水中保管720日後でも15.2MPa、サーマルストレス後で15.6MPaとほとんど低下していない。
長鎖長のフッ化炭素鎖を持つシランカップリング剤で改質された表面は撥水・撥油性を示し、これで改質された人歯は歯垢菌が付着しないので虫歯になりにくく、健常者はもとより、幼児や寝たきりの病人などの口腔衛生に役立つと考えられる。また、3-MPSに撥油性が比較的低く短鎖長のフッ化炭素鎖を持つシランカップリング剤を適切な割合で混合し、改質した表面はフッ化炭素鎖の剛直性により、3-MPSの重合性官能基が立たされ、改質最表面に出るために重合性有機モノマーとの重合効率が上がり、その結果、耐水性と結合力が向上することから、二次齲蝕の防止に役立つものと思われる。
※NTR News第19号 (2002年8月1日発行) に掲載







