硝子をめぐる冒険
第20回「セラミックス粒界の原子構造」
東京大学工学部総合研究機構 教授
多結晶材料に必ず存在する粒界はどのような構造になっているのであろうか。粒界は結晶粒同士のつなぎ目であり、その構造は材料の力学的特性や機能的特性と密接に関係している。したがって、粒界の構造を定量的に理解できれば、材料設計の指針を得る上で非常に有用となる。一昔前は、粒界はアモルファスのような構造をしているとか、不純物が偏析した吹き溜まりの場所であるとかなど色々な構造が予想されていた。それはこれら粒界構造を直接観察する手段が無かったからであり、高分解能電子顕微鏡法の登場によってはじめてその構造が明らかになってきた。セラミックスの分野では、1970年代後半より高分解能電子顕微鏡法を用いたセラミックスの粒界構造解析がはじまり、色々な構造が解明されてきた。また、フィールドエミッション銃を搭載した透過電子顕微鏡も開発され、1nmを優に切るプローブを得ることができ、これを用いた粒界の組成分析や状態分析もなされるようになってきた。本稿では、このようにして明らかになった興味深いセラミックスの粒界構造の一端を紹介したいと思う。
最近、セラミックスの分野でも“対応粒界”という言葉をしばしば耳にすることと思う。対応粒界とは幾何学的に整合性の高い特殊な粒界のことをいう。この粒界は一般に構造的にも安定で、力学的・化学的にも優れた特性を有しており、対応粒界を積極的に導入した材料設計も既に一部行われつつある。まず対応粒界について簡単に説明しよう。たとえば、2つの結晶の一つを回転軸nの周囲にqだけ回転させた場合の2つの結晶の重なりを考える。この際、回転軸と回転角度によって原点以外にも周期的に重なる格子点が形成される。これを対応格子点と呼んでいる。もとの結晶格子の単位胞体積とここで形成される対応格子の単位胞体積の比をΣ(シグマ)値とよぶ。Σ値が物理的な意味を持つのは、比較的小さなΣ値の粒界であり、これを対応粒界とよんでいる(1,2)。例えば良くご存じの双晶はΣ3となる。図1は、単純立方格子を<001>軸周りに36.52°回転させて重ね合わせた図でΣ5粒界に相当する。図中互いの格子点が重なった点を白丸で示しているが、これが対応格子点になる。
図1.単純立方格子を<001>軸周りに36.87°回転させて重ね合わせたΣ5対応格子
したがって、対応格子はある特別な角度のときのみに出現する。粒界面は通常この対応格子点密度を最大にするような方向にはいることが多いが、そのような粒界はエネルギーが低く安定とされている。しかし、対応格子あくまでも幾何学から導かれるものであって、粒界エネルギーと直接関係しているのは粒界における周期的な原子配列である。これを取り扱うモデルとして、構造ユニットモデルが提唱され、現在広く受け入れられている(1)。このアイデアは、粒界は幾つかの構造ユニットの組み合わせで構築されると考えるものである。安定な対応粒界の場合、構造ユニットのひずみも小さくなる。逆に構造ユニットが大きくひずむ粒界は粒界エネルギーが高くなると考えられている。最近の高分解能電子顕微鏡観察や第一原理を用いた粒界計算においても構造ユニットモデルが妥当であることが実証されている。図2は酸化亜鉛のΣ7対応粒界の高分解能像である。
図2.酸化亜鉛のΣ7粒界(<0001>軸周囲に20.4°回転した粒界)に形成される構造ユニット
この粒界は<0001>方向から観察されているが、点線で示す様な菱形の構造ユニットを周期的に配置することで粒界が形成されることが分かる。
さて、今度は化学的な効果に着目してみよう。一般に多結晶体の場合、不純物が粒界に偏析し、その特性に影響を及ぼすといわれている。たとえば、高純度アルミナ焼結体に微量の第二元素を添加することでそのクリープ特性を大幅に変化させることができる。この原因は、添加した第二元素が、粒界に偏析し、その化学結合状態を変化させるためと考えられている。図3は、0.05mol%Lu2O3添加Al2O3の (a) STEM (Scanning TEM) 像と (b) STEM-Lu-Ka像である。
図3.微量のLuを添加したアルミナ焼結体の粒界の (a) BF-STEM像と (b) Lu-Ka STEMマッピング像
これより、Luが粒界に沿って偏析している様子が明瞭に分かる。これまでの研究結果によると、粒界偏析した添加元素の役割は、AlとOのイオン結合力を増加させることにあり、この原理を上手く利用すれば、Al2O3のクリープ特性をさらに大幅に改善することも期待できる。
焼結助剤を用いて焼結したセラミック材料においては、粒界にアモルファス粒界が形成されることが知られている。たとえば、構造材料の窒化ケイ素焼結体には、焼結助剤として添加した酸化物を主成分とするアモルファス相が存在し、これが高温強度特性を支配しているといわれている。図4はY2O3-Al2O3系窒化ケイ素焼結体の粒界アモルファス相の高分解能電子顕微鏡像であり、アモルファス相の厚みが1nm程度であることが分かる。
図4.窒化ケイ素焼結体中の粒界に存在するアモルファス相
粒界のアモルファス相の厚みは、粒子間に作用するファンデルワールス力とアモルファス相の立体障害力とのバランスによって一定になるという理論によって定量的に説明できる。高温強度に優れた窒化ケイ素焼結体を開発する鍵はこのアモルファス相の制御にあると考えられている。
以上述べたように、多結晶材料の力学的および機能特性は粒界の構造や組成と密接に関連しており、これを本質的に理解した上での材料設計が今後益々重要になるものと思われる。今回は幾つかのセラミックスの粒界構造について紹介したが、さらに興味のある方は、まとまった記述の参考書(1,2)を参照されたい。
【参考文献】
1) A. P. Sutton and R. W. Ballufi, "Interfaces in Crystalline Materials", Oxford (1995).
2) 幾原雄一編、「セラミック材料の物理―結晶と界面―」、日刊工業新聞社 (1999).
※NTR News第22号 (2003年8月1日発行) に掲載

