硝子をめぐる冒険

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硝子をめぐる冒険

第23回「審美歯科修復材とガラス」

星川 武 氏

山本貴金属地金株式会社 研究開発センター 理事 工学博士

昨今では、歯牙修復は審美性(天然歯の外観再現、スマイルラインなど)を重要視しており、金属製歯冠は希になっている。

天然歯のエナメル質は、なぜ空が青いかで知られるレーリー散乱(オパール効果)を示し、青白い反射光と橙色の透過光が観測される。象牙質は、比較的大きな粒子を含み、着色している。

天然歯の外観は、表面反射光、エナメル層を透過した象牙質の色及び深さの視覚で、光源―歯―観察者間の相対的位置に基づいて変化し、また残像も伴う。さらに、我々の日常生活環境は散乱白色光の下にあるが、ブラックライト照明下では蛍光性が不可欠であり(修復歯が歯抜けに見える)、ダイレクト照明下では青白色の散乱光が強調されるなど、天然歯の審美性再現を複雑にしている。

審美修復歯冠

図1は、メタルボンドセラミックスシステム(陶材焼付け)による審美修復歯冠である。鋳造精度や連結義歯間強度から、フレームには貴金属合金(メタル)が用いられている。メタル色を隠蔽するために白濁度が高いオペーク(O層)を塗布、その上に象牙色を持つデンチン(D層)とエナメル色(E層)を重ねて焼き付けた構成となっており、天然歯の外観がよく再現される。

構成 修復物
構成 修復物

図1 メタルボンド(金属焼付)セラミックスシステムによる歯牙修復物

近年、レジン(高分子−ガラス質フィラー複合体)1)の発展がめざましく、咀嚼や口腔内環境に耐える物性を有するものが出現した。このレジン製歯冠は、図1の場合と同様にフレーム上に、プライマーを塗布乾燥後、陶材に代えて未重合高分子より成るO層を塗布、その上にDとE層を重ねて塗布・築盛した後重合硬化するシステムである。

審美修復歯冠材

審美性の発現には透明性が必須の要件であるために、ガラス材が重要となっている。現在、陶材(ガラスセラミックス)及びレジン(高分子―ガラス質フィラー複合体)がすでに発売されている。「陶材」は歯冠形成に高温度(約900℃)作業を必要とするが、「レジン」は常温作業で対応できる利便性を持っている。

「歯冠用の基材に求められる所用物性」2)を下記する。

  1. 天然歯の外観が再現できること(審美性:色調、透明度70%以上)。
  2. 咬合咀嚼に耐える機械的強さと靱性を持っている。
  3. 耐摩耗性に優れている。
  4. 生体安全性に優れている(僞害性など)。
  5. 長期にわたって変色しない(化学的耐久性)。
  6. 貴金属製フレームとの接着性に優れること。(陶材では熱膨張計数のマッチング、レジンではプライマー)
  7. 研削及び形態修正が可能である(天然歯との形態調和)。
  8. 積層状の形成作業が出来ること(レジンではゴム粘土程度の造形性)。

審美性を発現するために、歯冠用材料には着色、乳濁、蛍光およびオパール化用の微妙に異なる多種多様な顔料が使用されている。

−陶材−

貴金属合金(欧米ではNi-Co合金)は、強度、鋳造性(約1000℃以下)などに優れるが、高熱膨張性(α≒15ppm/℃)を示す。現在、透明性、高熱膨張性、溶着性を併せ持つ材質としては、リューサイト結晶(4SiO2・Al2O3・K2O)を約30%含有するガラスセラミックスに限られていると考えられている。着色顔料を混合した陶材粉末は、複雑な歯冠作製工程中(粉末の築盛/焼付け操作が6〜7回)に熱膨張計数の変動(0.4ppm/℃以下)と変色(色差ΔEが0.4%以下)が少ないことが要件となっている。

fig2

図2 KAlSi3O8-NaAlSi3O8系相平衡図3)

この陶材は、低融化されたSiO2-Al2O3-K2O-Na2Oの4成分系で、化学的耐久性向上を目的にB2O3とRO成分が少量添加された組成となっている。リューサイトは、約1100℃以下では安定相ではない(図2)が、700〜1100℃において準安定相4)として析出する。B2O3とRO成分が添加された組成では安定相(長石系)の生成が早まる5)(図3)。

fig3

図3 結晶増殖熱処理(850℃)時間に伴う熱膨張係数と生成結晶量の変化5)
●:種結晶無し ■:種結晶有り ●、○:種結晶無し △、▲:種結晶有り
黒印:リューサイト 白印:長石類
*試料:ガラス粉末(粒子径:75μm以下、組成:SiO2 64.1、Al2O3 15.0、K2O 10.3、Na2O 8.5、
MgO 0.3、CaO 1.2、B2O3 0.6wt%)、種結晶(リューサイト結晶、1wt%)
*熱膨張係数:50〜500℃間平均値

リューサイト生成量が増大すると熱膨張係数の増大と透明性が得られるが、安定相である長石が析出すると乳濁化と熱膨張係数の減少が起こる。陶材は粉末ガラスを結晶化熱処理して調製されるが、その際に種結晶粉末を混合すると結晶生成の誘導期がなくなり、その飽和に達する熱処理時間が短くなる。つまり、種結晶を添加した場合、2時間熱処理でリューサイト結晶量が飽和値(熱膨張係数が最大値)に達し、8時間まで透明で熱膨張係数の変動が認められない。製品はこの間の透明性と熱膨張係数の安定性を利用したものである6)。上記におけるB2O3とRO成分は、通常の鉱化剤 (mineralizer) として作用したものと考えられる。逆にMO2成分の導入は安定相(長石)の生成を抑制するが、高温粘性が大幅に増大するために作業性が劣化する。

この陶材の透明性は、マトリックス非晶相の屈折率 (Nd) がリューサイト結晶のNd (1.508) によく一致する、或いは準安定相の組成が母ガラス組成に近似することに依ると現在のところ考えている。

フレームの貴金属合金には、通常Agが含まれている。焼付けられた陶材は、Agのコロイド粒子によって黄変する。陶材粉末を予め酸化処理(空気中で加熱)すると黄変が抑制される。つまり、Ag+の状態であるために可視光域で光吸収が現れなかったと考えられる。逆説かも知れないが、熱還元剤で知られているSb又はCeを導入した場合7)、その酸化処理でAg黄変が防止され、Ag0+Ce4+→Ag++Ce3+反応を想定している。

フレームが高膨張性を示さない材質(例えば高靱性ジルコニア)に換えることが出来れば、リューサイト結晶の呪縛から解放されると考えている。しかし、歯科技工士の手作業(陶材粉末の築盛/焼付け)には粘度―温度曲線が緩やかであることも要件となっていることから、多量にAl2O3成分を含有するガラスに限定されるものと考えている。現在既に検討課題として挙げられているが、カラープリンター方式による着色粉体の築盛、それと同時にレーザー照射で焼結するシステムが発展すれば、使用材料範囲が一挙に拡大すると期待されるが、その場合にもガラス材が使用されると考えられる。

−レジン−

ジアクリレイト系の高分子は透明性に優れていることから、着色顔料を用いることにより広範な色調を発現できる。また生体安全性にも問題が少ないことから、歯冠用としての使用が始まった。この高分子は、咀嚼に要求される硬さ、耐圧縮強度及び耐摩耗性に劣るために、ガラス質フィラーによる複合化が行われるようになった。

レジンの透明性には次の手段が考えられている。

  1. マトリックスとフィラー間の屈折率調整。
    図4は、エマルジョン法によって作製したSiO2-ZrO2系の球形フィラーについて、その屈折率と硬化レジン(フィラー含有率=45wt%)の可視光線領域 (400〜700nm) における平均透過率 (Tav) との関係を示したものである8)。硬化レジンの透明性は屈折率差が±0.01以下の時に得られている。
  2. フィラーの粒子径を約30nm以下にする9)
    屈折率差とは無関係に、粒子径が約30nm以下の時にはレーリー散乱が起こらず、透明性が得られる。
  3. フィラーを微細な多孔質構造10)とする。
    微細孔にマトリックス相が含浸し、界面は屈折率が傾斜しているので界面反射が抑制されて透明性が向上する。また、フィラー表面がのこぎり刃型の場合にも同様に透明性が得られる。
fig4

図4 球形フィラーの屈折率と硬化レジンの平均光透過率の関係
○:ポリマー(Nd=1.505) ●:コロイダルシリカ(Nd=1.458、粒子径=10nm)30wt%を含むポリマー

レジンの透明性は上記の手段によって解決できるが、それぞれには次のような課題が挙げられている。

  1. 屈折率(nD)を調整したガラス製フィラー:粒子径が1μm以下の場合、硬化レジンは表面光沢に優れるが、未重合レジンの粘性が著しく増大するために充填率を高めることが出来ない。粒子径が5μm以上の場合、高充填率とそれに伴う機械的強度の増大が認められるが、歯ブラシ摩耗後の表面が粗く、対咬合歯の摩滅量が大きい。
  2. 粒径が30nm以下のマイクロフィラー:未重合レジンは充填率が50%程度でゲル状を呈する。従って、予め高充填―硬化―粉砕した複合フィラーとして使用されるが、硬さと耐歯ブラシ摩耗性に劣る。
  3. ゾルーゲル体を焼成して得た多孔質体: SiO2-ZrO2 (又はTiO2) 系のフィラー等が実用的と考えられている。レジンは透明で表面平滑性に優れるが、臼歯での咀嚼に耐える硬度と機械的強度が得られず、また吸水性が課題である。

フィラーの主目的は、咀嚼に求められる硬さ、圧縮強度及び摩耗性の向上である。フィラーが三次元的であるためにレジンは等方性材料となっている。「このような粒子充填高分子材料の強度特性はどんな条件下(粒子の形状、粒径、充填率など)でもマトリックス(ポリマー)の強度を超えることができない」と言う、Nicholaisら4)の指摘は説得力がある。実際に、フィラー充填率を増大させたとき、引っ張りと曲げ強さはなかなか増加しない。しかし、硬さ、圧縮強度及び摩耗性はフィラー充填率に伴って増加した実験結果を得ているし、また多くの報告もある。

例えば、ハイブリッドレジンとして有名な「商品名:エステニア、クラレ製」1)は、SiO2-Al2O3-B2O3-La2O3-BaO系ガラスフィラーの充填率が90wt%という驚異的な値である。その未重合レジンはゴム粘土程度で歯冠作製の操作性に優れており、しかも曲げ、圧縮強度も他社製品のそれとは格段に大きな値を示すことを我々も確認している。このフィラーにおけるBaは、屈折率の調整のほかに、X線造影性付与が目的と考えられる。

終わりに

最近の歯牙修復は、世界的に審美性発現の方向にある。我が国では、日本歯科審美学会が設立されている。その教授要綱によると、「形態(歯、歯列、顎、顔貌)、色彩(歯、舌、口唇、顔)、機能(咬合、咀嚼、発語、微笑・・)、心理、材料」にも配慮して治療する必要があるとしている。

今後、審美修復の高度化に伴い、材料に対するユーザーの要求も高度且つ複雑化するものと考えている。しかし、天然歯が透明性であることに変わりなく、従ってガラス材の出番が続くものと推測している。

参考文献

1) 中村宣男監修、QDT別冊「新版 硬質レジンの世界」、-硬質レジンの理論・臨床応用・技工操作・熱から光への変遷-、p.1-285、クインテッセンス出版、東京、2001.
2) 長谷川二郎、平澤 忠、高橋重雄 編集、「現代歯科理工学」、p.174、医歯薬出版、東京、2000;'99 月刊歯科技工別冊「セラミックス・高分子複合型歯科修復材料の臨床・技工」、医歯薬出版社、1999.
3) J. F. Schairer, J. Geol., 58, No.5, 515 (1950).
4) L. Nicholais, R. A. Mashelken, J. Appl. Polym. Sci., 20, 561 (1976).

以下は著者らの研究グループによるもので、氏名は省略する
5) J. Ceram. Soc. Jpn., 80, 42 (1972)、日本特許第748463号、第1050688号.
6) 特開2001-192262(既にUSP確定).
7) Proceedings of the 18th International JAPAN-KOREA Seminaron Ceramics (Jpn), 632-6 (2001).
8) Proceedings of the 19th International JAPAN-KOREA Seminar on Ceramics (Seoul), 304-8 (2002).
9) 日歯技工誌, 22, 112-7 (2001).
10) 日歯技工誌, 22, 106-11 (2001).
11) 陶材は次記文献が詳しい。QDT, 25 (6), 788-94 (2000) 及び QDT, 25 (7), 934-46 (2000).

NTR News第25号 (2004年8月1日発行) に掲載

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