硝子をめぐる冒険
第24回「私のガラスを巡る冒険:基礎から応用へ」
<略歴> 工業技術院 大阪工業技術試験所、日本山村硝子株式会社
「基礎(的)研究の楽しさ、面白さ」、こんなことを高言することをはばかられる世の中の風潮を感じております。国の研究所でも今時ノーベル賞でももらわない限り公に言うことは難しいのかも知れません。私は現役を退いて振り返り、現在でもガラスの面白さから離れられないでいるのは、ある時期に比較的自由に研究をさせて頂いたことの賜と思っています。
大阪工業技術試験所(現 産業技術総合研究所 関西センター)に勤務を始めて最初のテーマが「ガラスの欠点解析」でした。産業界からの要望テーマでガラス中の不均質(異質)部分の分析や均質度をエッチング法、シェルブスキー法などの手段で行う評価技術で、途中でEPMAによる分析も加わりました。組成の分かったガラス脈理試料は、母ガラスに組成の異なるガラスを溶着して埋め込んで作っていたのですが、その界面付近の組成変化に不思議な挙動があることを感じていました。テーマ終了後、九州大学 大石先生を訪ねました。それが拡散を始めることになる切っ掛けとなりました。
その当時、大石研究室のスタッフは若い方達ばかりで、固体、液体、気体、物質はセラミック、金属、有機物における自己拡散、相互拡散の研究が行われていました。大石先生は学問や研究においては一切妥協を許さない厳しい姿勢を貫かれた方で、知識以外にも、ものの見方や判断、研究に対する心構えなど多くの智慧を授かりました。お会いしたとき最初に、「拡散を研究するということは未踏のジャングルに踏み入るようなものだ。」と言われました。いろいろな解釈ができますが、一つには単純な興味や面白さだけで無防備な「冒険」をすること、すなわち、基礎研究で陥りやすい罠を戒められ、同時に私の研究に対する姿勢や心構えを計られたのかも知れません。残念なことに、大石先生は昨年お亡くなりになりました。
九大で約1年間、ガラスの溶融状態における拡散の研究を行いました。拡散実験は白金管に詰めたガラスの拡散対を所定の溶融温度で処理します。そのために泡が入らないようにガラスを白金管に詰めなければなりません。これが予想を遙かに上回る困難の連続でした。最初手渡された白金管は、内径1mm、漏斗状で下端が封じられたものでした。真空中でガラスをその中に鋳込みますので、予めガラスを真空中で脱泡溶融しておきます。ファンネル部に置いたガラス塊を徐々に温度を上げながら管部に流下させます。このとき泡を巻き込まないようにするのですが、どうしても入ってしまいます。結局半年間はガラスを詰める作業とフッ酸に浸しながらガラスを掻き出す作業の毎日で過ぎました。詳細は記しませんが、管径を大きくすること、開放端にすることなど、いくつかの実験テクニックを見つけて、ようやく拡散実験ができるようになる頃には1年が過ぎようとしていました。
相互拡散実験でも順風ではありませんでした。拡散処理後にまた泡が発生していました。この原因は濃淡電池形成による電気化学的なリボイル現象と考え、白金に代えてアルミナ管を用いたところうまくいきました。拡散実験には白金を使うのが常識とされていましたが、必ずしも「常識」が正しいとは限らないことも知りました。そのときの結果の一部を図1に示します。
図1.Na2O-CaO-SiO2ガラス系拡散対における濃度分布
温度:1200℃、拡散時間:2時間、○●:実験値、−:理論値
ガラスはソーダ石灰ガラスの基本的な3成分系で、初め濃淡のなかったSiO2にS字型の濃度分布が生じる結果となりました。この現象は、多成分系相互拡散において理論的に予測できることを学びました。図中の理論曲線は、酸素を含めた各元素の自己拡散係数を用いて5成分系の扱いとして多成分系相互拡散理論に基づいて計算したものです。Fickの式にマスフロー項、電気的中性条件の制限を加えただけの簡単な式から拡散の濃度分布をかなり正確に予測できることは正直驚きでした。その後、難波さんらの努力で、(ケイ酸)アニオンの拡散イオン種の大きさも推定できるようになりました。
悪戦苦闘の末に得た結果ですので、夢は膨らみました。溶融系に比べて理論式の扱いも実験も簡単なガラスにおける多元系のイオン交換過程を理論予測することでした。ただ、イオン交換層中では自己拡散係数は、混合アルカリ効果のため数桁にわたって変化するので、アルカリ3元系でのイオンの自己拡散分布を求め、その値を組成の関数としての自己拡散係数として用いる必要がありました。主テーマは別にありましたので、数人の協力を得つつ細々と続けました。結果は期待通り多成分拡散の特徴をもったイオン交換過程が実験、計算とも得られ、それらはよく一致しました。例えば、GRINレンズにおける放物線状の屈折率分布はイオン交換時間の一瞬の通過点でのみ形成されることも計算できました。その結果を昭和52年の窯業協会年会で発表しました。イオン交換現象を実用目的の一つである微小光学部品の製造プロセスに用いるため、各社注目していた時代でしたので、開発に関係した質問も期待しておりましたが、その面からの質問、意見は国内からは後になってもありませんでした。その当時(現在も?)の開発は、交換イオン2成分あるいは擬2成分系の扱いで進められていましたので、3成分系の扱いは必要なかったのか、または、「拡散」ということで開発とは無縁の研究発表と受取られたのでしょうか。
このあたりから私の「硝子をめぐる冒険」の磁石方位の取り方も変わってきます。
相互拡散というのは拡散研究の一部にすぎません。熱平衡状態にある系であっても原子、分子、イオンなどの種の無作為で統計的な運動が根本にあり、その変位はある定義に基づいて自己拡散係数として表現されています。したがいまして、非平衡下にある物質移動現象を扱うとき、必ず自己拡散が根本にあります。私は自己拡散係数の測定を行い、物理的定義のしっかりしているその視点から移動現象を解釈しようとしました。溶融状態の実験技術は難しいものでしたが、上記の相互拡散実験の時に得たノウハウが役立ちました。
ガラスにおける物質移動現象のうち、電気伝導、揮発、分相、水の拡散などについて研究を行いました。電気伝導での一例を述べます。Na2O-Al2O3-SiO2系ガラスでNaを一定にしてAl/Naを変化させたとき、比が1の組成で導電率が最大となることがよく知られております。しかし、Na2O-B2O3-SiO2系ではそのようなことは起こりません。自己拡散の視点からは不思議なことです。なぜなら温度、圧力などが一定であれば拡散種、この場合Naイオンの自己拡散は、イオン周りの静電場、移動できる隣接サイトの数、構造上の隙間など第2隣接原子までの近傍のごく限られた範囲の状態で決まる敏感な性質です。[Al-O4]群と[B-O4]群における状態に基本的な違いがないならば傾向は同じになるはずです。他の報告を見てもAl系とB系を別々のこととして論じていて、統一的な解釈は見あたりません。結論的には図2に示すように、Tg以上の温度では両者同じ挙動(図2a)をするが、Tg以下では異なる(図2b)ということです。それは両系の組成に対する転移(構造凍結)温度の変化の違いに起因していることが分かりました。
図2.2Na2O・xR2O3・(8-x)SiO2ガラスにおける導電率の変化(R:B、Al、Ga、La)
(a) 温度 : 800℃(すべてのガラスが転移温度以上)
(b) 温度 : 350℃(すべてのガラスが転移温度以下)
他に、導電率の2価成分依存性についても同様の考慮が必要であることが明らかとなりました。すなわち、固体ガラスではいつも何度の温度と平衡にあるガラス構造をもったガラスかを考慮に入れる必要があるということです。後に、Al系の結果を最初に発表したIsard氏から、「貴方と意見は異にするが、私の今書いているreviewにぜひ取り上げたい。」との手紙をもらったときは、基礎研究ならではの議論の楽しさを覚えました。
大石先生はよく「結果に対して、何故そうなったか物語を描け」と言われました。また、「分らないときは基本に返れ」とはよく言われることです。基本が明快で、根拠もしっかりしておれば「冒険」の計画も、「物語」の筋も現実性の高いものとなります。また結果が予想に反していても修正も容易であり、場合によっては新たな発見に繋がります。この意味に置いて、私がガラスを研究するときの基本は拡散にあったようです。
大学時代の恩師が孔子の言葉を引用して、「物事に対する発展段階には、知、好、楽がある。」と言われました。ガラスに関わった約40年間を振り返って、相互拡散を始めた頃は「知」る喜び感じ、いろいろな冒険をするうちにガラスが「好」きになり、昨年からは自宅に自作の炉を設けてキルンワークでガラス工芸を「楽」しんでおります。「人間到るところに青山あり」でしょうか。大いに冒険を志して下さい。
最後に、貴重な機会を頂き、勝手なことを書くことをお許し頂きました編集者にお礼申し上げます。
※NTR News第26号 (2004年12月1日発行) に掲載

