硝子をめぐる冒険

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硝子をめぐる冒険

第25回「産総研のガラス研究とはどんなもの?」

西井 準治 氏

独立行政法人 産業技術総合研究所

日本のガラス研究の拠点として1918年から親しまれた大工試(大阪工業技術試験所)が、1993年に大工研(大阪工業技術研究所)に改名された。思えば、この時点で公的研究機関の看板からガラスという文字が消えた。図1は、溶融窯の周りで多くの人々が酸素燃焼などの研究に励んでいた頃の大工試の全景である。今やその面影は残っていない。その後、行政改革の渦中の2001年、全国15カ所にあった旧工業技術院傘下の研究所が一斉に独立行政法人化され、産総研(産業技術総合研究所)ができた。この時点で、ガラス、セラミックという言葉だけでなく、材料という言葉を看板に掲げる組織がほとんどなくなった。経済産業省には、化学、ファインセラミックス、窯業、非鉄といった旧来の組織が多くの材料メーカーを管轄している中で、様々な産業の基盤を支えてきた材料を専門とする産総研の研究部隊は、その出口ニーズあるいは目指す機能毎に再編されたのである。

図1

図1.昭和30年代の大阪工業技術試験所(ガラス溶融窯の煙突が見える)

独法産総研の発足に際して、先端的研究(情報通信、ナノテク、バイオなど)、政策的研究(エネルギー・環境)、基盤的研究(計測・地質)という3つの研究ミッションが掲げられ、これを元に組織が細分化された。このように公的研究機関の在り方が大きく変貌する中で、ガラスだけでなく、材料を専門とする研究者にも大きな意識改革が求められたはずであった。しかしながら、驚くべきことに、その方向性をはっきりと示せる人がいないままに改革が断行された。とりあえず改革だけ前倒しでしておいたから、後は各自で考えなさいといったところだろう。なんと荒っぽいやり方かと最初は戸惑ったが、今にして思えば、これも一つのやり方かもしれない。ボトムアップ型の改革を待っていても、何かが起こる可能性は極めて低く、まずはトップダウン的にメスを入れた方がうまくいく場合もある。むしろ、産総研という大きな公的研究機関を改革するには、これ以外に方法も時間もなかった。また、改革しなければ、おそらく組織の存続は難しかったであろう。

このように、材料を専門とする研究者が出口毎に分断された組織の中で、ガラスというキーワードで括られる分野の研究にどう取り組んだらいいのだろうか。窓、瓶、断熱材、FPD基板といった現ガラス産業を支える構造材料としてのコンベンショナルガラスの研究分野なのか、それとも、光エレクトロニクスやバイオテクノロジーといった特定の機能を必要とするニューガラスの研究分野なのか。前者は成熟した技術分野であるため、研究のベクトルは自ずと省エネ・低環境負荷の方向に向かうことになる。省エネ溶融プロセスやリサイクルシステムはガラスメーカーの永遠の課題であり、その中で産総研の研究者が公的研究機関の役割を担うことができるかどうかが問われる。一方、後者は既に情報家電メーカーなどが必死で取り組み、世界をリードしている研究分野である。産総研は、そこで互角に戦える戦略を立て、ニーズを先読みした研究成果をガラスメーカーに提供しなければならない。ところで、これら2つの分野以外に、物性値の精密測定などの研究課題もあるかもしれないが、その場合は、ガラス材料に特化することなく、筑波の計測標準部門がそのミッションを担うという組織設計である。

さて、私が所属する光技術研究部門は、3つの産総研ミッションのひとつである先端的研究の中の情報通信分野に分類される。デバイスやシステムとはほど遠い古典的ガラス屋がどうやって生き残るかなどと悠長なことを考える暇もなく、気づけばその分野に入っていた。幸い、連携研究を率先して行える新研究棟の完成とNEDO委託事業「ナノガラス技術 (2001〜2005)」の発足が重なり、さらに部門の中で旧電総研のデバイスや通信システムを研究する連中と同じテーブルで議論できる環境が整った。このように、人、物、金が急速に集まり、何とか九死に一生を得たのも束の間、2004年度末で産総研は独法第一期を終え、2005年度から第二期に入る。今までは、特許、論文、学会発表などのアウトプットを評価軸としてきたが、第二期では、それらに加えて、アウトカムが評価されるというではないか。アウトカムとは、研究成果が出ていった先でどのように役だっているかを技術面、経済面、人材面から評価するための評価軸を意味するらしい。

現在、産総研関西センター内のナノガラス集中研究室には、6社から6名の研究員を受け入れ、図2の様なコンセプトで研究をしている。集中研究とはいえ、出身企業の特色を考慮したテーマを選んだつもりだ。普段は話す機会も希な同業他社の研究員が机を並べ、一方で、親元企業の責任者や産総研の研究者を交えた毎月の個別ミーティングでニーズとの整合性を確認し、得られた成果を可能な範囲で展示会などで公表する。そのような地味な活動の中で、出向研究員は着実に力をつけている。残された期間はあと1年余り。2005年度末で本プロジェクトは終了する。正直言って、世間をギョッと言わせる様な成果も、突出したインパクトファクターの雑誌への投稿も、未だにない。しかしながら、本プロジェクトの最大のアウトカムは、新規分野を開拓する際に即戦力となる人材の育成と、その親元企業と産総研との連帯感の構築ではないかと思っている。これは産総研にとって掛け替えのない財産である。

図2

図2.ナノガラス大阪研究室の研究内容(抜粋)

2006年度からは、NEDO委託による基盤研究を卒業し、企業と産総研のマッチングファンドによる共同研究組織を作りたいと思っている。充実したインフラの元で、プリコンペティティブ研究と称して十分に楽しんだのだから、その後しばらくはニーズ指向の研究に重きを置いて、もがき、苦しむのもよかろう。これは、私が勝手に描いている独法産総研の第二期におけるガラスをめぐる冒険である。

NTR News第27号 (2005年4月1日発行) に掲載

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