硝子をめぐる冒険

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硝子をめぐる冒険

第27回「真空ガラスへの夢」

河原 秀夫 氏

日本板硝子スペーシア株式会社 顧問

真空ガラス「スペーシア」の商業生産開始から早7年が過ぎる。シドニー大学での長い年月の基礎研究があったとはいえ、約3年間の実用化技術開発での商品化には、積み残された課題も多く、加えて新たに顧客ニーズへの対応も迫られ苦闘の連続であった。真空場の活用は難しい。

率直な今の感想である。常温・常圧の世界で考え予想したことが、真空場では当てはまらず裏切られ解決に随分と遠回りを要した例は数知れない。見方を変えれば、それだけ未知の領域が多く、技術的には挑戦心を掻き立てやまない魅力的な商品ということもできる。

真空ガラスは、一対のガラスが0.2mm離れて平行に保持され、その周囲あるいは真空引きのため封止孔全てが無機質のガラスにより完全気密シールされた真空ガラスパネルである。ガラスの平行維持にはガラス間に20mm間隔でXY方向に配列された厚さ0.2mm、直径0.5mmのマイクロスペーサが用いられ、ガラスパネル内部は0.1パスカル(約100万分の1気圧)まで減圧されている。

このような真空層を有するガラスパネルには、真空場がもたらす効果から様々な性質・特徴が現れる。例えば、ガラス間での熱移動を見ると、いわゆる3要素といわれる内の対流成分は真空層の存在でほぼゼロとなり、伝導成分もマイクロスペーサ部に限られ面積比だけで言えばガラス面積の2000分の1まで抑制される。更には輻射による熱移動が加わるが、これとてもガラスに熱(赤外線)を反射するガラスを用いれば、輻射による熱移動を90%以上も遮断することもできる。

真空ガラスを断熱目的に利用するには、マイクロスペーサの熱伝導度を小さくし、ガラスに高赤外線反射性能のガラスを使用すればよい良いことにはなるが、いずれの材料においてもそれらは気密シールや真空引きに必要な400℃を越える熱処理に耐えることが基本的に求められる。その上マイクロスペーサには使用中に真空中にガス成分を放出して真空度を低下させない材料であることは当然として、その配列間隔に応じ大気圧に対抗する高い圧縮強度(前記面積比の逆数で1個のマイクロスペーサは大気圧の2000倍相当の圧力を受ける)をも要求される。

現在の真空ガラスは、耐熱性に優れた銀薄膜系の赤外線反射ガラス(LowEガラス)と特殊合金製で配列技術面で許せる極小の大きさのマイクロスペーサなどで構成され、その断熱特性は、次にその一例を示すように、薄いガラス構成にもかかわらず常圧技術をベースとした複層ガラスの最高性能をもしのぐ。

表1.真空ガラスと複層ガラスの比較

ガラスタイプ 真空ガラス 複層ガラス
ガラス構成 FL3-V-LowE3 FL3-Ar12-LowE3
全ガラス厚み(mm) 6.2 18
熱貫流率(W/m2・K) 1.2 1.3

FL3:3mm厚みのフロートガラス
LowE3:3mm厚みLowEガラス
V:0.2mm厚み真空層
Ar12:12mm厚みアルゴンガス層

それでは少し冒険心を発揮し真空ガラスにどこまでの断熱性能の向上が望めるか考えて見よう。既に述べたように、熱の移動はマイクロスペーサを通しての熱伝導と、ガラスを通しての輻射熱に限られている。表2にその性能向上のための技術の方向性をまとめた。どの方向を目指すかで、克服すべき課題は大きく変わる。例えば、多くの方々が指摘するマイクロスペーサの小さくする方策では派生する配列技術の問題が難易度の高い課題となる。スペーサ間隔を広げるアイデアも、ガラスの強度向上をどう確保するかが課題となり、これに対し強化ガラスを使用する提案が少なくないが、強化の効果が消失しない低温度で長期にわたり真空度を維持できる機密シールをどのような手段で実現するかハードルはきわめて高い。マイクロスペーサの熱抵抗を大きくするためセラミックススペーサもよく議論になる方策である。マイクロスペーサには、配列技術や実使用時のガラスの強度維持などの面から種々の表面形状が求められ、セラミックスでこの種の形状が高精度で実現できるであろうか。

表2.真空ガラスの断熱性向上の方向

断熱性能向上の方向 予想される開発課題 対策例
1. マイクロスペーサの総面積減少 1) 大きさを小さくする a) スペーサの圧縮強度向上
b) 配列技術の開発
インコネルスペーサ
2) 配列間隔を広げ総数減少 a) ガラスの曲げ強度アップ
b) スペーサの圧縮強度向上
ガラス厚み3mm→5mm
強化ガラス使用
2. ガラススペーサの熱抵抗増大 1) スペーサの材質を変える a) スペーサの形状加工精度
b) スペーサの圧縮強度
セラミックススペーサ
2) ガラススペーサ接触面積減少 a) スペーサの形状加工精度
b) スペーサの圧縮強度
ドーナツ状スペーサ
3. ガラスの赤外反射性能向上 1) LowEガラスを2枚使用
2) 赤外反射性能の向上
Emissivityの低下 2枚LowEガラス

ちなみに、直ちに実施が可能な2枚LowEガラス(厚み5mm)を使用し、このガラス厚みで許容できるマイクロスペーサ最大間隔30mm、等の条件では真空ガラスの熱貫流率は0.7W/m2・Kまで向上する。この性能ならば、果たして建築物で窓ガラスが最も熱損失が大きいとの汚名を晴らすことができるのであろうか。

図1には、断熱材として用されているグラスウールの厚みとその熱貫流率の関係をグラフで示した。建物での熱損失を抑えるために100mmあるいは150mm厚みのグラスウールが必要と言われる昨今、ガラスの断熱性能は、現状の最高性能の複層ガラス、あるいは真空ガラスにしても高々20〜30mm相当の断熱材厚みでしかない。また、前述の0.7W/m2・Kの熱貫流率の断熱性能にしても、断熱材厚みにすれば60mmに過ぎず汚名返上には程遠い。

図1

図1.グラスウールの厚みとその熱貫流率の関係

表3には、種々の大きさ・配列間隔のマイクロスペーサで、セラミックススペーサの使用をも加味した場合の得られる真空ガラスの熱貫流率を試算した結果を示した。圧縮強度に優れ、形状加工も容易で、熱伝導率がジルコニア (ZrO2) の2.0W/m2・K程度のものが実現できれば、熱貫流率0.3W/m2・Kとグラスウール150mmにも相当する画期的な透明な断熱材が出現することになり、汚名返上はおろか建物の到る所に広い開口部を設けることが可能になり、建物の設計思想が全く変わったものになるとも思われる。そのためには、熱伝導率の低いマイクロスペーサの開発もさることながら、実用的観点からは、先に述べた強化ガラスが使用可能な低温度での真空ガラスをつくる技術が必須になると思われる。

表3.超高断熱ガラスの熱貫流率 (W/m2・K)

マイクロスペーサ仕様 マイクロスペーサ間隔(mm)
材質 熱伝導率 直径(mm) 20 30 40 50
合金 34.4 0.5 1.18 0.69 0.50 0.39
0.4 0.99 0.59 0.44 0.36
ZrO2 2.0 0.5 1.02 0.61 0.44 0.37
0.4 0.84 0.51 0.39 0.32
適用可能なガラス厚み FL3 FL5 FL6 TP4 FL8 TP4
  • 注1) ガラス構成は、スパッタLowE-スパッタLowEの2枚使用の場合
  • 注2) TP4:4mm強化板ガラス

真空ガラスが少しずつではあるが使用範囲が広がるにつれ、こうすればもっと断熱性能が良くなるのでは、とのご意見を伺う機会が増えてきた。多くの方々の新しいガラスに向けての冒険の積み重ねで、いつの日か建築物でガラスが主役の時代が到来すればと夢見ている。

NTR News第29号 (2005年12月1日発行) に掲載

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