硝子をめぐる冒険
第30回「ガラス・・・アートの世界より見る」
女子美術大学 非常勤講師
アートの世界でもガラスは重要な素材であり、多彩で独自の存在感を示しています。アート分野からは、ガラスはどのように見えるでしょうか。そこでは科学や工学の分野から見たものといささか異なる姿、状況があります。
1.ガラスアートは歴史も古く多様である
ガラスはその歴史の始まりにおいては、金銀宝石に並ぶかときにはそれを凌ぐような貴重な材料であり、極めて高級な装飾品や器物として作られ扱われました。そのような時代においてはガラスはほとんどがアート作品とも見なせるものであった訳です。その後の長いガラスの歴史はガラスアートの歴史とも重なるものであり、多くの様々な技法が生み出され、作品が作られて来ました。
現在、ガラスは、実用分野で大きな用途の広がりと技術的進歩を示していますが、ガラスアート分野でも同じように非常に盛んなものとなって来ています。技術的には歴史的伝統的なものが主体ではありますが、一部では新しい技術も取り込んで多様性を増し、ガラスを通じた多彩な表現、造形が多数生み出されています。
2.ガラスアートは身近である
女子美祭の大学構内
一般的に、ガラス造形では高温での作業が必要であり、特殊な設備や道具が必要であり、それなりの技能も必要とします。アートとしては絵具と筆があれば描ける絵画などと違い、何となく近寄りがたく敷居が高く思われがちかもしれません。しかしガラスアートは多様で、高温で造形するホットワークだけでなく、常温でガラスに手を加えるコールドワークによる製作もあります。特に後者では、ダイヤモンド彫りのように簡単な道具一つでガラス表面にデザインを描くような、誰でもすぐ手掛けられそうなものから、いろいろなレベルのものがあります。そして最近では扱いやすい小型電気炉や加工器具の普及など、ホットワークまで含めた創作作業が手軽に身近で出来る条件が得られやすくなっています。これまでのように、ガラスは特別の専門家のみが扱うものと言うイメージとは変わってきています。趣味としてガラス工芸に関わる人も増え、各地に多くのガラス工房が出来、ガラス工芸を教える大学なども増えています。ガラスの持つ繊細さと魅力の故でしょうが、特にこの分野での女性の進出活躍が目立っています。
3.アート材料としてガラスは魅力的である
なぜガラスが人を惹きつけるのでしょうか。ここではアートを目指す若者がガラスの魅力をどのように捉えたか、興味深いいくつかを紹介します。
*ガラスは透明であることで、アート作品の中では最も光との競演が効果的に果たし得るものである。
*ガラスはカットされて特に美しさを発揮する。そこに一部曇りガラスが加わるとガラスの声がよりよく聞こえてくるようだ。
*真っ赤に融けたガラスに形あるものとして命を吹き込むと、ガラスは妖艶な姿を現す。自分の感性と真摯に対峙しながら闘って作り上げることができる魅力を持つ素材だ。
*ガラスの作品は純粋だ。ガラス作品を作る過程ではガラスそのものには手で直接触れることはできない。いつも少し距離を置いてこちらから眺めているように思える。人間が作り出すものでガラスは一番神がかった存在のような気がする。
*ガラスは非常に硬い素材でありながら、やわらかい曲線を表現でき、留まることのない空気や水の流れを感じさせてくれる。ガラスを通してみる光の色は殊に美しい。
*立体作品では、他の様々な素材はどうしても素材自体の質感や色などの素材の方が主張してしまう。ガラスは透明であまり自己主張せず形が先に立ってくれる。素材を生かしたまま色も自由に付けられ、多彩な作品が出来る。
女子美大のガラス工房と作品例
ガラスがアート材料として如何に魅力があり、可能性の幅が深いかをいろいろな言葉で表現しており、期待の大きさも伝わって来るようです。
4.アート分野と工業科学分野の間には溝がある
アート用ガラスは、融けやすくできるだけ低温で作業ができ、機械的にもやわらかく、輝きがあることなどが望ましいものとなっています。しかしアートの現場では扱うガラスについて、組成や特性などのデータが前へ出てくることはあまりありません。無機的な数字データに関心を払うより、ガラスの性状や挙動を目や手先で感じ取りながら、思いを形にする作業こそが重要です。それには当然経験や勘などが裏づけとして欠かせません。ガラスの製造や研究の場にあっては、対象とするガラスについて、組成や主な特性などをデータとして明らかにし、これをベースに作業を考えることが普通ですから、アート現場とは技術データ情報への関心と活用の姿勢には大きな違いがあります。アート現場での一般的な技術データへの無関心や活用の不足は、ガラスや原料の提供者や技術関係者とアート関係者の双方に原因があるようです。前者への期待としては、アート現場で役立つ技術データや情報を提供して頂くことです。それは組成データや熱的光学的特性データであり、現場で起こる問題の原因解明や解決策に関するものなどでしょう。一方でアート現場では、もっとガラスを科学的に見る目を持ち、技術データ情報に関心を持つことでしょう。それが経験や勘を補い、技術のレベルアップを図り、創作の幅を広げることに繋がる大切なことと思います。このような溝を埋める努力が必要と思っています。
アート分野で感性豊かな若い人達を育てることに関わっていると、科学工業分野とは全く異なる問題にぶつかりもしますが、いろいろな発見もあり楽しいものです。
※NTR News第32号 (2007年1月4日発行) に掲載

