硝子をめぐる冒険
第38回「カモメが飛んだ!ガラスの破面は破壊の履歴書」
地方独立行政法人東京都立産業技術センター 開発本部開発第二部 材料グループ長
写真1.上野不忍池 杭にはユリカモメが、ロープには鳩が止まっている
この写真は通勤途上にある上野公園の不忍池の写真である(写真1)。2本の杭に止まっているのはユリカモメ、杭に繋がるロープに止まっているのは鳩である。水上には無数の鴨やユリカモメが浮いている。今、その中の一羽のユリカモメが池面を蹴って飛び立とうとしている。
毎朝見かける長閑な光景ではあるが、不思議に思ったことがある。池を一周する杭とロープのどこを見ても、杭にはユリカモメ、ロープには鳩が止まっている。しばらく観察していると、ユリカモメも空いている杭がないと希にではあるが、ロープに止まろうとする。しかし、バランスが悪いのか、うまく止まれない。中には、落ちそうになりながらも、うまくバランスをとる器用なユリカモメもいる。ユリカモメならぬ、揺れカモメである。とはいえ、無理は長続きせず、やがて、杭にはユリカモメ、ロープには鳩となる。
ユリカモメの習性、鳩の習性と言ってしまえば、それまでだが、自分なりに理由を考えてみた。多分、足の形状が違うのではないのか。
一般に、鳥の足の指(趾)は4本あり、第1趾は後ろ向きに、第2趾、第3趾、第4趾は前向きについている。そこで、ユリカモメの足(写真2)を観察すると、第2趾、第3趾、第4趾は前によく伸びており、第2趾と第3趾、第3趾と第4趾の間には水かき膜がある。しかし、後ろ向きの第1趾は退化してほとんど見えない。一方、鳩の足(写真3)を観察すると、第1趾は後ろに、第2趾、第3趾、第4趾は前に、ともによく伸びている。足の形状を考えれば、鳩はロープをしっかりと掴むことができるが、ユリカモメはできないのである。池で見た不思議な光景も足の形状を観察すれば、むべなるかなというわけである。
![]() |
![]() |
写真2.ユリカモメの足 第1趾は退化して、小さな突起となっている |
写真3.鳩の足 第1趾も退化することなく、ロープに掴まりやすい形状をしている |
前置きが長くなったが、本論に入りたい。私のおこなってきた破面解析の話である。破面解析は、破損したガラス製品の破面を観察することにより破壊の種類や原因などを調べる技法で、「形状の観察により事象を類推する」ものである。
破壊によって新しく生じた破面には、破壊の過程で起きたさまざまな現象の履歴(破壊の起点や、破壊の進行方向を示す模様など)が全て残されている。破面からこの履歴を読み解くことができれば、破壊の全体像を知ることができる。したがって、破面解析では、破面の模様の解釈ということが重要となる。
それでは、そのような破面の模様のうち、最近撮ったおもしろいものを紹介しよう(写真4)。厚さ2cmほどの板状のガラスの破面の写真で、中央部に見える波状の模様は、飛んでいるカモメの翼に似ているのでガルウイング(Gull Wing)という。翼の付け根に見える丸い点はガラスに含まれていた泡である。この名称は、ASTM規格 C 1256-93 Standard Practice for Interpreting Glass Fracture Surface Features に載っている。この規格には、ガラスの破面解析で使われる破面の模様の名称や定義のほか、その模様の成り立ちや重要性などが網羅されている。日本でもこのような規格の作成が望まれる。
写真4.ガルウイング 矢印は破壊の進行方向を示す
ガルウイングは、破壊が進行していく過程で、途中に泡や融け残りなどの異物があると、破壊の前線がそこで2つに分かれるためにできる模様である。カモメの翼は、泡で分かれた直後の破壊の前線を示している。この翼の形から破壊の進行方向が写真4のようにわかるのである。
同じように泡の多いガラスの破面でも、模様が異なることがある(写真5)。こちらの模様は、航跡ハックル(Wake Hackle :Wakeは、航跡、通った道という意味、Hackleは、切り刻むという意味)といわれる。ガルウイングと同じく、泡や異物のために破壊の前線が2つに分かれたのであるが、分かれた直後の前線はうっすらと見える程度で目立たない。しかし、2つに分かれた破面の向きが少しずれているため、2つの破面の間にできた段差が航跡のようにはっきりと見えている。破壊の進行方向は写真5のとおりである。
写真5.航跡ハックル 矢印は破壊の進行方向を示す
このように、破面の模様から破壊の進行方向を特定し、進行方向を逆に遡ることにより破壊の起点を探すのである。実際の破面解析では、破損品の破片を元の形に修復してから、それぞれの破片について、この作業を繰り返すのである。起点がわかれば、そこにどのような応力が作用してどのような破壊が起きたのかなど、破壊の全体像や破壊の原因がわかるのである。
人工雪の研究で有名な中谷宇吉郎は、岩波文庫『雪』のなかで、雪の結晶の形や模様が上層から地表までの大気の構造や気象の状態により決定されることに触れ、地表に降った雪の結晶を観察すれば、逆にその時の上層の気象の状態を類推できる、と述べている。そして、『雪』の末文を、「このように見れば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。」と結んでいる。これにならえば、「ガラスの破面は破壊の履歴書である」ともいえるのである。
※NTR News第40号 (2009年9月1日発行) に掲載



