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Glass Library
第5回 窓ガラスの歴史
風の音が響き、木造の格子窓がガタガタと揺れている。隙間から粉雪が入り込む・・・。昔の古い窓ガラスと言うと、こんな風景が思い浮かびます。ペラペラで少し歪んで見える昭和初期の日本の風景が思い出されるあの窓ガラス。最近では歴史的な建造物を中心に僅かに残るばかりです。今回は窓ガラスの歴史について簡単に紹介します。
ガラスの発見と言えば紀元前3千年の古代メソポタミア(諸説ある)といわれていますが、窓ガラスとしての歴史も意外と古く、有名なポンペイ遺跡(1世紀)や3世紀頃のローマでも確認されています。しかし、この頃の窓ガラスは砂の上にガラスを流し込んで作られた半透明で分厚いもので光を取り入れるだけであったようです。と同時に「吹きガラス技法」を用いた透明な窓ガラスが開発されたのもこの頃のローマであると言われています。7世紀にはシリアで「クラウン法」(遠心力で平らにする方法)が開発され、ある程度の量産化が可能となったことにより窓ガラスとしての利用が増加していきます。この方法で作製されたガラスの表面はかなり歪んでいます。建築としてガラスが多用されるようになったのはかなり後のことで15世紀頃になります。より大きく平らなガラスが求められるようになり、16世紀ベネチアで「シリンダー法」(円筒法:円筒に吹いたガラスを縦割りにして平らに拡げる方法)が開発されました。これが冒頭の少し歪んで見えるガラスの正体です。とはいえ、それまでの板ガラスに比べれば飛躍的な向上でした。板ガラスの歴史はここから始まったと言う人もいます。
日本でも17世紀〜18世紀にかけて板ガラスが輸入され、僅かではありますが作られてもいたようです。日本で一般的に窓ガラスが使われるようになったのは皆さんのイメージどおり明治維新後であり、有名な官営品川硝子製造所をはじめ円筒法での国産化が試みられていきました。現在ある板ガラスメーカーが登場したのは明治後期のことであり、円筒法から「機械式円筒法(ラバース式)」へと進化し量産化されていきました。大正時代〜昭和初期にかけて「コルバーン法」や「フルコール法」、「ピッツバーグ法」といった最初から平らに加工できる製法が導入されましたが、これらの方法でも完全には厚みが均一にはなりません。今のようなガラスが作られるようになるのは昭和39年、「フロート法」(英国ピルキントン社が開発した、溶けた錫の上に溶けたガラスを流し浮かせる方法)が導入されてからのことです。
窓ガラスの歴史は「大きく平らで量産に優れた」製造手法の開発の歴史と言えるかもしれません。その意味では現在は一段落というところかもしれません。しかし、単なる窓ガラスから確実に建材の一部となった現在、「確かな耐久性」が求められています。また、広義に板ガラスとしてみれば、分野によっては「より薄く」「ナノ単位のキズ一つ無い平滑」で、その上で「より大きく」が求められています。そのようなガラスを求め様々な製法が開発されてきました。古(いにしえ)からの人類の野望はどこまでも続いていきます。
<参考文献>
有限会社松岡ガラス店 ( http://www.asahi-net.or.jp/~GP2T-MTOK/Matsuoka-co/indexco.html)
Akiraraアクセサリ (http://www.akirara.com/acs/top01.htm)
日本板硝子株式会社 (http://www.nsg.co.jp/)
日本板硝子ウムプロダクツ株式会社 (http://umu.jp/)
旭硝子株式会社:製品情報ページ (http://www.agc.co.jp/products/index.html)
※NTR News第28号 (2005年8月1日発行) に掲載

