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上級コース ガラスのやけ
|ガラスのやけとは|やけの発生メカニズム|やけの分析|異物の付着|まとめ|参考文献|
※NTR News第30号 (2006年4月1日発行) に掲載
1.ガラスのやけとは
ガラスはケイ酸 (SiO2) を主成分とする無機金属酸化物の溶融固化体であり、硬く、変質しにくい材料として認識されています。しかし、窓ガラスやビンガラスのような実用ガラスでも、風化作用を受け、表面が変質していきます。ガラスの風化作用の中で非常に身近に観察されている現象に、「ガラスのやけ」と呼ばれるものがあります。長期間使用されたガラス表面が虹色に変色する現象(青やけ)や拭いてもとれないような白くもりが発生する現象(白やけ)、が相当します。
ガラスのやけは、財団法人ニューガラスフォーラムの用語集の中に、「やけ:Weathering,(特性) ガラス表面が大気の侵食、通常は湿度の影響で劣化する現象」と定義してあります。もう少し付け加えると、大気中の水分がガラス表面に付着する事によってガラスの成分が溶け出し、ガラス表面の状態が変わってしまった状態をやけと表現しているのです。
ガラスがやける原因にはその組成に起因しています(表1参照)。表1の中のガラスを構成しているアルカリ元素がガラスのやけの要因となります。
表1.板ガラスの組成(wt%)
| 酸化物 | SiO2 | R2O | CaO | MgO | Al2O3 | Fe2O3 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 含有量 | 70〜72 | 13〜15 | 8〜12 | 1〜4 | 1〜2 | 0.07〜0.15 |
2.やけの発生メカニズム
ガラスの耐久性は、液体に浸漬させた状態での耐久性(耐水性、耐酸性、耐アルカリ性)と、気体に暴露した状態での耐久性(耐ガス性、耐湿性)の2種類に大別できます。ガラスのやけはアルカリ元素に起因する表面劣化現象ですが、液体浸漬による溶解よりも、気体接触による成分溶出に起因する現象です。ガラス表面にやけが発生するメカニズムの研究は古くから実施されており、各種の報告書や著書が公開されています。やけ発生の初期メカニズムは、一般に、図1に示すようになっていると考えられています。
図1.やけ発生の初期メカニズム
step1では、ガラス中のNa+イオンは拡散によって表面に出てきます。表面に大気中の水分が吸着している場合、Na+イオンは大きな4水和物を形成してガラス中にもどることが出来なくなり、チャージバランスとして、H+イオンがガラス内部に入っていきます(イオン交換)。step2とstep3では、Na水和物と大気中のCO2ガスとが反応して炭酸塩を生成し(アニオンとの反応)、表面に炭酸塩の核が形成されていきます(核形成)。step4では、生成した炭酸塩は潮解性を持つため大気中の水分を凝集して大きくなり、かつ、大気中のCO2ガスで中和される事によって結晶化/粒子成長して、目視観察できる「ガラスのやけ」として認識されます。
やけの初期段階におけるガラス表面の化学反応は下記で示されます。
- (1) Na+(ガラス)+ H2O(大気)→ NaOH + H+(ガラス内部へ)
- (2) 2NaOH + CO2(大気)→ Na2CO3 + H2O
- (3) Na2CO3 + CO2(大気)+ H2O → 2NaHCO3
この反応過程において問題となるのが、初期に形成される水酸化ナトリウムです。ガラスの主成分であるケイ酸は、フッ酸を除く酸にはほとんど溶解しません。一方、耐アルカリ性は乏しく、pHが9.8以上のアルカリ性溶液には溶解します。step1の水酸化ナトリウムやstep2の炭酸ナトリウムは潮解性がありpHが12以上の溶液を生成してガラス自体を溶解し、含有量の多いCaやMgの炭酸塩も併せて生成することになります。
- (4) Ca2+(ガラス)+ H2O(大気)+ CO2(大気)→ CaCO3 + H+(ガラス内部へ)
これらの反応で生成されるNaHCO3(立方体の結晶)やCaCO3(針状結晶)が、やけ生成物として認識されています。
炭酸カルシウムが生成される段階では、ガラス表面はアルカリによって溶解されているため、表面は凹凸になり、ケイ酸水和物(シリカゲル)の脱水物等も観測されて、拭いてもとれない白くもり(白やけ)となります。
上記のやけは、室内等の大気中の水分が比較的少ない条件での反応で示されます。一方、雨滴などにさらされるような、水が多い場合には違った現象として認識されます。古い自動車や電車のフロントガラス、屋外に面した窓ガラス表面に見られる虹模様に代表される虹やけです。
step1や2で生成されたNaOHやNa2CO3は雨滴によって洗い流され、ガラス表面を浸食することはほとんどなくなります。しかし、step1のイオン交換によってNa+イオンが減少するため、結果として、屈折率の小さい変質層がガラス表面に形成されます。この変質層は厚みによって黒色から虹色までの干渉色を示すためガラスの表面観察から確認することができ、ガラス表面が変色する現象(虹やけ)となります。
3.やけの分析
ガラスが曇ったり、一部が虹色になっていることは、目視で観察することが出来ますが、異物や汚れの付着であるのか、ガラスのやけであるのかは、分析が必要となります。
図1 (step3) の微小な異物核の確認は、顕微鏡で確認することは非常に困難であり、原子間力顕微鏡 (AFM) などでの観察が必要となります。促進試耐侯験の前後のガラス表面をAFMで測定した例を図2に示します。ガラス表面には10nm以下の微小な突起ができていることが判ります。
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リファレンス |
60℃-90%RHで48時間保持後 |
図2.AFMによる促進試験前後のガラス表面形状の比較
次に、顕微鏡等で観察できる程度の大きさの異物の観察には、電子プローブマイクロアナライザー (EPMA) や走査電子顕微鏡システム (SEM+EDX)、あるいは、オージェ電子分光分析 (AES) が効果を発揮します。SEMによる表面状態や異物の形状観察結果と、EDX、WDX、AESなどの組成分析結果より、異物が付着物質なのか、やけ生成物であるのか、が判別できます。
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<組成分析> 1) EPMA |
図3.異物の組成分析
一方、やけの進行によってガラス表面が変質した層を評価するには、表面近傍のアルカリイオンの挙動を調べる事が効果的です。表面分析の中でも、試料に対してのダメージの少ない光電子分光分析(XPSまたはESCA)や、飛行時間型2次イオン質量分析 (TOF-SIMS) による深さ方向分析が有効です。XPSによる深さ方向分析例を図4に示します。図4左の長期保管ガラス内のアルカリ欠乏層の厚みは数100nmであり、虹やけはガラス表面のごく近傍の変質現象であることが判ります。 表面分析以外の方法として、ガラス表面に蓄積したアルカリイオン(Na+やK+)を定量する方法も有効です。耐候促進試験における蓄積アルカリ量と上記の表面分析結果は相関が認められています。
図4.ガラス試料のXPS分析結果
4.異物の付着
やけと同様に観察される現象として、異物の付着があります。有機物汚れによる虹色の変色、ホコリ等の付着による異物付着現象、洗浄水に溶解している物質が乾燥固化することによって発生する洗浄汚れ、ながこれらの異物付着に相当します。外観上はやけと変わらないが、SEMでの観察や、異物の組成分析、ガラス表面層の深さ分析を実施することで、ガラスのやけと区別することは可能です。
5.まとめ
以上の分析結果より、ガラスのやけは、ガラス成分のアルカリ元素と大気中の水分の相互作用によってガラス表面が変質したことによって生じた現象であることが認識できます。そのため、やけの発生したガラスを清浄な状態に戻すためには、変質層を研磨等の方法で除去する以外に方法はありません。一方、低湿度環境下での使用やガラス表面の清掃等によって、ガラスのやけの発生を遅らせることは充分に可能です。同様に、ガラス表面にアルカリパッシベーション膜や撥水性処理を施す事もやけ発生を遅らせる有効な手段であり、特許などで公開されています。他方、アルカリを含有しないガラスの使用も考えられます。石英ガラスや無アルカリガラスが代表的であるが非常に高価であり、現在のところ、これらの用途は非常に限定されています。工業的に優れた品質と生産量を誇る板ガラス製品の性質の一部であるガラスのやけを認識し、用途に応じて有効に活用して頂けることを希望しております。
6.参考文献
1) 作花済夫ら編、ガラスハンドブック、朝倉書店 (1975)
2) 土橋正二、ガラスの表面物理化学、講談社 (1979)
3) 山根正之ら編、ガラス工学ハンドブック、朝倉書店 (1999)
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