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第22回 知恵と知識

国語辞典をひくと、「知恵」は「物事の理を考え、判断し、処理する心の働き」という訳があり、また、「知識」は「物事についての理解や認識」という訳がある。正しくは、このような国語辞典の訳に従うことが良いのだとは思うが、私は日頃から職場で自分が感じている「知恵」と「知識」を書いてみたいと思う。

よく、困難に出くわしたときに「知恵」を巡らせて「頭」を使って切り抜けろとか、あるいは「知恵比べ」などというようなことを言う。すなわち、知恵とは人間の生活に密接に結びついたものであり、生活の中から直接滲み出てくるものであると思う。これに反して「知識」は、正しいし知識を持つとか、知識人とか言うように、人間として生まれてから生活をしていく中で、周囲の状況変化や自分自身の切磋琢磨などによって身についていくものであると思う。こうして考えてくると、おそらく知識が豊富な人間ほど多くの知恵を巡らせるものだと思うようになる。

おそらく、自分自身が行動して決断を下す場合に、いわゆる自発的な場面では、知識の豊富な人間ほどあらゆる知恵を発揮しながら、他の人よりもより早く、また効率的に物事を解決できる能力があると思われる。

多分、歴史時代においてもこのような法則がほぼ当てはまるのであろう。戦国時代において、織田信長が鉄砲によって集団戦の革新的な戦術を開拓したのは、彼のアグレッシブな広い向上心によって獲得された豊富な「知識」が、近代戦では普通の鉄砲集団戦の極意をもたらしたのであると思われる。すなわち、これらはある意味での織田信長の「知恵」であったと思う。

過去の歴史時代では、自分自身が自発的に行動しないと情報を入手できない、あるいは他の人よりも有利な条件を確保できないとか、また他の人を出し抜けないなどのように、志のある人間でしか秀でることができない状況であったであろう。したがって、自発的に秀でる者は、必然的にその他の大勢の者よりも上に立つことができたと思われる。

それでは、第二次世界大戦後の安定した時代に目を向けてみるとどうであろうか。なかなか興味深いものがあるように思われる。第二次大戦後に、多くの者が大学に就学するようになって来た頃、そしてそのために受験競争が激化して塾や予備校がブームになってきた頃、このような「知恵」と「知識」との関係が何か崩れ始めてきたように思えて仕方ないのである。すなわち、誰もが高い勉学の場に行くようになると、必然的に競争が激化して詰め込み式の受験勉強が必須となる。この受験勉強は、目的の大学や学部の狭き門を通過するためには非常に好都合である。何年も前から大学別の過去問題集などで入学試験の傾向と対策がなされ、同様な問題集やさらにレベルの高い難問アタックを繰り返して行う。この勉強は、人生約100年の中でいわゆる3年間という極めて短い時間で、また非常に高い効率の下で基礎学力として、また応用的な学力として巨大な「知識」の蓄積をもたらす。この結果、筆記試験やマークシート試験では今までには得られないほどの高い偏差値をもたらす。そして、さらに高い偏差値を目指して同様の詰め込み式の受験勉強が行われるのである。

確かに、このような勉強方法はある意味の秀才を育てて行く。しかし、鎌倉幕府の設立は1192年(良い国作ろう鎌倉幕府)ということは知っていても、また、1600年が関が原の戦いであると覚えても、なぜ徳川家康が豊臣秀頼を倒したかったか、あるいは、徳川秀忠が中仙道を進軍して関が原の戦いに間に合わなかったかは多分学ばない。しかしながら、実際の受験では、このようなことがわからなくてもほとんど影響はないのである。なぜならば、このような歴史の裏の記述や出来事は受験勉強の筆記試験には出題されないのだから、こんなことを必死になって覚えるよりも、その時間があれば数学や英語の勉強をした方が圧倒的に良いのだから仕方ない。英語でも色々な文法や構文を覚えていくが、受験では「terrain」という単語は「帯」という意味で覚えておけば良いのであり、十二単が後ろに流れている状態を「terrain」などに訳されるということなど、ほとんど受験勉強には関係ないのかも知れない。すなわち、「知識」の蓄積量は専門的な分野のみを例に挙げれば、おそらく歴史時代よりも圧倒的に量も質も多いと思われる。

では、一体何が過去のアグレッシブな人たちと変わっているのだろうか。それはやはり「知識」を「知恵」に育て上げる応用力やハングリーな欲求と、さらに詰め込みでない興味や向上心が、現代社会の効率化の中で薄れているのではないだろうかとつくづく思っている。

たとえ、その場では直接的に不要と思われる技術や情報に関しても、色々なことに興味を持ち、自分の持っている「知識」をさらに広げていく(知識の拡大)、そしてそれぞれの知識を濃いものにしていく(知識の掘り下げ)、そうした中からアグレッシブで応用的な「知恵」を巡らせていくような取り組み(考え方や行動)を今後も部下指導や育成の中で活用していきたいと思っている。

NTR News第34号 (2007年9月1日発行) に掲載

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