趣味的民俗学ノオト
第十二回 我考・温泉的名著紹介 〜温泉を巡る旅ってのは、60年代のロードムービーを観ているようですね〜
筆者が若い頃、周囲の大人達はいささか世間の常識からずれていたところがあった(ように思う)。劇団主催の建具屋の二代目、夢想癖のある和装小物問屋の若旦那、そして菅江真澄の研究者であるフリーライター等々・・・。どの大人達を見ても、どうやって食べているのかと疑問に思ったものである。で、そのフリーライターである。仮にNさんとしておこう。そのNさん、聞くところによるとふらっと車に布団を積込み、旅に出かける。Nさんは菅江真澄の研究者であるので、真澄同様旅はお手のものである。宿は、当然湯治宿。真澄研究や取材を通していろんな場所に旅をするが、それがいつしか旅ではなく、温泉巡りの成果を出版することになった。それが、「秋田いで湯100泉」であった。タイトルどおり、秋田県の温泉をほとんど網羅し、温泉好きにはたまらない内容である。宿やお湯の特徴や雰囲気を細かく伝えてくれ、読者が自分の好みに合う温泉を探索しやすいように構成されている。さらに、連絡先や料金、営業期間(東北では冬季に営業しない宿あり)に主人の人柄まで書かれているため、行かずとも雰囲気が楽しめる。だが、出版されたのが1987年ということもあり、いささか情報としての古さが否めなくなっていた。
そろそろ、改訂版が欲しいなと思っているところ、2003年の夏Nさんの温泉案内書の第二弾が筆者のところに送られてきた。筆者などは、「情報を一新したのだな」と思っていたのだが、今度は湯治場が目の前に現れては消え、消えては現れる・・・まるで幻灯機に映し出される60年代のロードムービーを見ているがごとくの案内書、いや作品であった。本作はエリアを東北一円に広げ、北は青森、南は福島までを紹介している。青森では、岩木山を見上げる湯治場の雰囲気を見事に伝え、福島の湯治場では病気療養の湯治客たちとの交流をさらりと書いてある。秋田の湯治場では、隣の湯治客に作ってもらった(分けてもらった?)朝御飯の感動がひしひしと伝わってくるし、岩手の湯治場では同宿の夫婦の姿を「イージーライダー」に例えるところなど、本書が東北縦断のロードムービーであるかのような雰囲気を醸し出している。ここでは各湯治場の詳細は避けるが、一つだけ紹介しておきたい。
秋田県最南端に位置する皆瀬村の「栩(橡)湯(とちゆ)温泉」を訪ねる頁である。既に廃業した湯治場であるが、約200年前に菅江真澄が訪れたことが、真澄の紀行文の中に描かれていることもあり、Nさんは友人と二人で出かける。地元の役場で「栩湯温泉」のことを尋ねると迷惑そうな顔をされ、かろうじて若い頃に「栩湯温泉」のお湯に親しんだことのある地元の人の言葉を手懸りに、真澄の訪れた頃と同じく徒歩でアクセスする。現場は、朽ちた廃屋と廃れた源泉があるのみ。Nさんは読者そっちのけで、この光景に心を奪われる。源泉に友人と二人で身を沈めるNさん。友人に、「ここで宿をやってみては」との勧めに、自分が宿の主人に納まっている光景を瞬時に思い浮かべる。流石に、すぐに我に返り否定をするのだが、筆者が次回Nさんに逢う時は、もしかすると「栩湯温泉」の主人に納まっているかも・・・と思わせるに十分であった。「栩湯温泉」は廃業しており、簡単に行ける場所でないようだ。しかし、本書に触れると、やはりここに行きたくなる。これは、過ぎ去った空気を好む癖が筆者にあるからかもしれない・・・。
すっかり忘れるところであったが、本書のタイトルは、「東北の湯治場 湯めぐりの旅」である。是非、この東北縦断の温泉ロードムービーを味わっていただきたい。
<参考文献>
長井登志樹(1987):秋田いで湯100泉、(有) 無明舎出版.
長井登志樹(2003):東北の湯治場 湯めぐりの旅、(有) 無明舎出版.
※NTR News第24号 (2004年4月1日発行) に掲載

