趣味的民俗学ノオト
フィールドワーク(ぽい)ことをしていると、地方で特産品や面白い土産に出会うこともしばしば。そこで、今日は十代の頃から追いかけている「倉敷ガラス」を紹介する。
第十四回 倉敷ガラス年代記(クロニクル)
高校を卒業する時に旅に出た。もちろんお金なんてないので、各駅停車に乗って岡山県内を旅して回った。伊部(いんべ)にて備前焼を堪能し、日生(ひなせ)で海の幸を満喫、後楽園で昼寝して、湯原(ゆばら)では温泉三昧、早春の吉備路から古代に思いを馳せ、最後が倉敷だった。その頃には旅費も尽き、彼の大原美術館に入るのも躊躇(ためら)う始末。しょうがなく美観地区を散策していると、昔の米倉を思わせる重厚な建屋が目に入る。倉敷民藝館(みんげいかん)である。建屋も良いが、展示も中々のものだ。特に手吹きガラスのコップに目が釘付けになる。鈍く光を反射するそのコップの表面は、緩やかに波打つ「モール」と呼ばれる形が刻まれている。これが目に焼きついて離れない。それに、普通なら「欲しい・・・」と思うはずのところが、「触りたい・・・」である。もう、どうかしている。そのコップが「倉敷ガラス」だった。しばらく見つめていると、学芸員と思しき人物が、いぶかしげに筆者を見ている。なんだか怪しまれているようだ。そうでなくてもこの旅の間、何度も警官から職質され、気分を悪くしていたところだ(しかし、年をとると職質されなくなったなぁ・・・)。やむなく民藝館を出てしばらく歩いていると、民藝「融」の看板。その店を覘(のぞ)くと、あのコップが目の前にある。ドキドキしながら、それを手に取る。コップは、小谷真三という「倉敷ガラス」の創始者の作品とのこと。当時、ガラス製作を始めてから20年が経過していた。手吹きなので、一つずつ微妙に形が違う。その中の一個をなけなしの旅費をはたいて買う(2000円しなかったと思う)。それから、そのコップが手放せなくなった。 元号が昭和から平成へ変わっても、小谷氏の個展に出かけ、お小遣いに余裕があると、ひとつまたひとつと手に入れる。しかし近年、氏は大学の教授に就任され、作品の絶対量が減った。
今夏、盛岡の「光源社」に立ち寄る機会を得た。すると、あの旅で触れたあのコップが目の前に現れた。早速、手にとって見る。モールがしっくりと手になじむ。無骨だけれど洗練されていて、ガラスなんだけど暖かい、そんなコップだ。小谷氏が大学を退官され、原点に戻って吹いたコップとのこと。あの頃を想い出しつつ、そのコップを手に入れた(4000円近くした)。氏のコップは二十年前となんら変わっていないように思える。そして筆者も、なけなしの小遣いをはたいてコップを買うところは、二十年前と全く同じだ。変わったのは、年齢を重ねたことと、その夜あのコップでビールを呑んだことぐらいだろうか・・・。
話変わって、また倉敷。今度の旅は、息子(4歳)と二人。目的は、倉敷民藝館で開かれている「倉敷ガラス40年記念特別展示」。小谷氏の初期の作品から近年のものまで、館内は氏の作品でいっぱいだ!息子と二人で感涙。息子は、地元の女子高の新聞部の取材に「あの肌触りが・・・」なんて、まるでガラス博士を気取っている。あの出逢いから20年、機会あるごとに倉敷ガラスを追いかけてきた。今では、息子も小谷氏のコップを選んでお茶を飲むまでに。まさに、世代を超えて「倉敷ガラス年代記(クロニクル)」に触れているようだ。そんなこんなで、「倉敷ガラス」の次の十年に思いを馳せ、今晩は息子とあのモールにじっくり触れてみようと思う・・・。
<参考文献>
「倉敷ガラス」刊行委員会編(1981):「倉敷ガラス」日本写真印刷.
「倉敷ガラス」刊行委員会編(1995):「小谷真三のキャンドルスタンド&ワイングラス」日本写真印刷.
小谷真三編著(1998):「倉敷ガラス 小谷眞三の仕事」里文出版.
倉敷民藝館(2004):「倉敷ガラス40周年特別展示」倉敷民藝館特別展パンフレット.
※NTR News第26号 (2004年12月1日発行) に掲載

