趣味的民俗学ノオト
今回は、本稿締め切り前に行われた秋田県横手市の「かまくら」について綴ってみたい。何度訪れても異なる風景と心象が得られるとても美しい冬の行事です。是非、一度如何でしょうか?
第十八回 雪の輪郭 〜居酒屋民俗学の手引き〜
ゆっくり、とてもゆっくりと雪の舞う横手の駅に初めて降り立ったのは、確か十九の冬だった。横手の雪は、他の土地と違ってとてもゆっくり舞い降りてくる。すごく印象的だ。それから幾度と無くこの街を訪ねたことだろう。春の横手は桜が美しく、石坂洋次二郎が「山と川のある町」を書き記した気持ちが良くわかる。夏には東北とは思えないほど暑くなるが、短い夏を謳歌するがごとく静かな熱気に包まれる。そして秋には山の恵みが街に溢れかえる。しかし、横手は冬だと思う。そのクライマックスが「かまくら」だろう。その昔、彼のブルーノ・タウトがこう評したことがある。「・・・すばらしい美しさだ。これほど美しいものを私は嘗て見たこともなければ、また予期もしていなかった。・・・」と・・・。まさしくその通りである。今の商業的な要素の入った「かまくら」でさえ、十分にその美しさを堪能できるが、タウトが訪れた頃は息を呑む幻想的な風景が広がっていたに違いない。かまくらの起源は、全てがつまびらかになっているわけではない。その昔、この地方の水資源が乏しく、水神様を祀ることでその状況を少しでも好転させようとしていたらしい。今年100基もの「かまくら」が作られ、河原や道路沿いに作られるミニかまくらを入れると一万個に達すると言われている。「あがってたんせ」、「入ってたんせ」の言葉に、水神様に祈りつつ甘酒を頂くのも一興である。タウトは、またこの「かまくら」をクリスマスの趣があるようだとも記している。子供たちの笑顔にすっかり魅入られたようである。今もその雰囲気は十分に堪能できる。「かまくら」を出ると、ふと夜空を見上げたくなる。見上げた夜空からは、やはりゆっくり、とてもゆっくりと雪が舞い降りてくる。そんな夜空を見上げていると、ある一夏滞在した時に聞いた話しを思い出した。その話しとは、「雪女」である。若い頃に横手に滞在していた夏の夕暮れ、街の居酒屋の軒先に長椅子を出してもらって地物の枝豆とビールを呑んでいると、向かいの家のおじいさんと目が合った。そのおじいさんにビールを勧めると、「雪女」の話をしてくれた。子供の頃からスタンダードな話は聞いていたが、その時聞いた話は何だかとてもリアルだった。その話を要約すると、一般的に知られている「雪女」の発祥は横手であるという。横手に隣接して「山内村(サンナイムラ)」という地域がある。この村は、昔から「山内杜氏(サンナイトウジ)」という酒造りの集団を多く出し、県内外に散っていく。そのため男たちは、冬は酒造りで村を不在する。その間、妻たちは家を守ることになるのだが、ふと寂しくなり横手の街に出てくる。そこで、知り合った若者と一夜を共にすることがあった。そして、別れ際に「季節が移って、自分を見かけても声を掛けてはいけない」と言い残し、地吹雪の中歩き去る。若者は、それから心の中にその女(ヒト)の面影を頂きつつ春を迎える。そして、とある夏祭りの夜、旦那さんや子供と共に幸せそうに歩いているその女を見かける。その時に、別れ際に念押しされた言葉を思い出す。「けして声を掛けてはいけない・・・」と・・・。「雪女」は、「私に出会ったことを他言してはいけない」と言い、ある若者の妻となる物語であった。物語の輪郭がぴったりと一致する訳ではないが、「雪女」の物語にゆっくりと舞い降りる雪の様に柔らかな輪郭を醸し出している。冬の横手で、夏に聞いた物語を思い出せるなんて、とても幸せな気持ちになった。一言で言えば、一粒で二度美味しい街「横手」というところだろうか。こんな風に、呑みながらその土地の物語や民俗学ネタを集めるのを居酒屋民俗学と筆者は呼んで、日夜励んでいる。
<参考文献>
ブルーノ・タウト著 篠田英雄訳(1962)日本美の再発見 岩波新書
※NTR News第30号 (2006年4月1日発行) に掲載

